「急ぎ各シェルターの安全を確保しろ」 グローバルが指示を出す。 「突然の宇宙空間で、地表にいた人間を中心に多くの死亡者が出ている模様です」 未沙が悲しげに状況を報告する。そこへ三池が 「何をしている。シェルターへエネルギー供給を。地球上と外部温度が違うんだ環境システムへの負荷が高くなって長く維持できない」 と割り込む。グローバルが 「しかし」 釈明しようとするが、それを無視して三池が説明を続ける 「避難している人数の確認と、艦内部で一時的にせよ退避できる場所の確保を。そしてエアロックとどう接続するかの検討を」 「エアロックとの接続って」 不思議そうにこずえが呟く。 「おめでたいねえ、シェルターは機密性があるとはいえ宇宙船じゃないんだ。宇宙船用のドッキングベイとそのまま接続できるのか。収容できたとしても、長期間の環境システムの維持、食料の確保、生活空間の確保」 三池が指摘すると、恭子が 「そんな準備していないんだから急には無理よ」 悲鳴を上げる。その悲鳴に同意するようにブリッジの空気が重くなる。三池が怒鳴るように 「そうだとしてもできることをする。その努力を放棄するのは、人殺しじゃないのか」 その言葉にいち早く立ち直った未沙が 「そうよ、任務として全力を尽くさないと。艦長、指示を」 と進言する。グローバルも立ち直ったようで 「そうだな全力を尽くそう。皆で地球に帰ろう」 決意を声に出す。それに対して三池が 「宇宙空間に飛ばされたと知った人々がどう反応するか」 皮肉っぽく呟く。それにグローバルが 「非難されるのは承知している。何を言われても地球へ連れて帰ることが任務だ」 自身に言い聞かせるように答える。三池が笑いながら 「ご立派。現在位置の特定、帰還軌道の算出、艦の各部を再確認、宇宙空間に漂う物資の取り込みとやるべきことはまだまだありますよ」 と至急ですべき作業を並べる。クローディアが 「キム、改めて艦内スタッフに連絡して各所に問題がないかの確認」 続いてヴァネッサが 「こずえ、周辺に特徴的な天体がないか探して。そこから現在位置の詳細を確認します」 と指示すると 「了解」 二人が答え作業を始める。コンソールで確認していた未沙が 「周囲に新たな重力波の異常は確認されていません。追ってきてはいないようです。シェルター収容の支援にバルキリー全機で作業させます。大橋少尉、シャミー、各シェルターに担当を振り分けて」 と指示をする。恭子が 「敵に備えなくていいのですか」 確認をするが 「備えるって何ができるの。それに民間人を置いていくわけにはいかないわ」 未沙が答える。更にグローバルが 「そうだ。今は民間人が最優先だ」 と促す。すると三池が 「艦のシステムにアクセスして避難場所を探していますが、センターブロック内の詳細情報がないのですが」 「センターブロックは解析できておらず、とりあえず移動と主砲に問題がないので議員の要請で進宙式を急いだのだ」 グローバルが苦しそうに説明する。 「良く分からないものに頼った結果が、主砲は勝手に作動する、重力制御システムを全体として制御できない、挙げ句の果てにフォールドで大混乱と」 と三池が他人事のように言い放つが続けて 「とはいえ反応炉は順調で、重力制御システムも内部の制御および宇宙空間の移動にも問題はないようですね。土星からなら単純に移動距離から1年、寄り道や敵の妨害なども考えて2年間の物資は必要かと」 考えを述べる。それにシャミーが 「寄り道?」 この状況には違和感のある単語を声にする。三池が 「マクロスで鉄鉱石など生活に必要となる資源を満載しているのかい。反応炉があるとはいえ、いざという時に使用するエネルギー源の確保も重要じゃないのかね。もちろんマクロスの中ですべて生成できるなら問題ないけど」 解説する。クローディアが 「だから可能な限り物資を取り込めと」 「正解。行く宛先のない宇宙移民なんて無謀な冒険ですが、太陽系内であれば帰還の可能性はあるかと。多少ではありますが人類は太陽系のことを知っていますからね」 するとこずえが 「やはり土星公転軌道付近のようです。そう遠くないところに土星が確認されました」 「現在位置が特定されましたので近距離省力モードに切り替えて周囲の確認を行います」 そのヴァネッサの対応にシャミーが 「なんで省力モードにするんですか?大出力で通話もして、救援のアピールをしないと」 尋ねる。ヴァネッサが 「空気がないから減衰せず近距離では防護していない人体にも影響を及ぼす可能性があるのよ」 すかさず答える。三池が 「宇宙での基本も知らないとは」 呆れると未沙が 「すみません、まだ士官候補生なので」 と謝る。笑いながら三池が 「初めて初めてですか。あとアピールしたって無駄。我々は有史以来もっとも遠いところに到達した人類なんだから救援が来るまでにどのくらいの時間がかかるのやら」 皮肉っぽく絶望的な状況であることを説明する。重くなった空気の中、艦内の確認を終えたキムが 「艦内で空気の流出など致命的な問題は確認されませんでした」 報告する。三池が 「簡単な帰還軌道の計算をしました。偶然ですがあと35日ほどで土星を利用したパワースイングができれば軌道に恵まれて11月ぐらいには帰還できるのでは。妨害次第ですが。軌道情報は必要ですか」 と事務的に伝える。グローバルが 「お願いします」 依頼する。三池が軌道情報を送り始めると、フォッカーが通信で 「大混乱しているんだが大丈夫か」 割り込んでくる。フォッカーの声に渋い顔をしながら三池が 「フォッカーさん、三池です。すみません、輝くんたちを艦内に残して見失いました」 「なにい、輝を。おい、すぐに探してくれ」 すると恭子が 「少佐、現状混乱していますので後にして頂けませんか。輝?そういえばあの生意気なパイロットね、戦闘が怖くてどこかで隠れているんじゃないの」 恭子の強い口調に、フォッカーの顔が不機嫌そうになる。恋人の態度を察したクローディアがとりなすように 「事実と確認できていないことを軽々しく口にしないように。ロイ、艦内にいたのなら可能性はあるわ。大丈夫よ。ただ多くの民間人が宇宙空間に放り出されているの。そちらを優先しないと」 と優先事項を伝える。フォッカーが答えに困っていると、三池が 「軍は放り出された多くの民間人を優先してください。私が輝くんたちを探します」 その言葉に艦長が 「協力してくれないのかね」 と不安そうに尋ねる。それに対して強い口調で 「私も民間人ですけど。大勢いる避難民への対応は軍で行ってもらわないと。まあアドバイスぐらいはできますけど」 三池が突き放すように答える。何気ない感じでこずえが 「何をされるんですか」 と尋ねる。 「輝くんたちがいなくなった近辺の調査。より詳しく言えばセンターブロックの調査」 キムが 「センターブロックの調査ですか、これまで何の情報も得られていないんですよ」 「無能な人間が間違った方向から調査していれば何も得られないでしょ」 「各種のレーダー解析でも内部は不明のままなんですよ」 とレーダーシステムを担当している人間としてヴァネッサが意見を述べる。 「オーバーテクノロジー相手に我々の技術では情報得られずと。でも現時点で有利な点がある。それはセンターブロックが機能し始めたということ。外縁部で重力制御が行われているから間違いない。それに破損した形跡や残骸もなく機体ごと人が消えるかい。おそらくシステムが動作して偶然移動した可能性がある。最後に」 三池が続けて説明しようとすると未沙が 「軌道情報を受け取りました。確認しましたので専門チームに回します。あと艦の重力制御ありがとうございます」 と報告を挟み込む。恭子が 「重力制御?」 「三池さんが新たに重力制御コントロールプログラムを導入してくれて艦及び周囲の重力を制御できるようになりました。周囲の物体も巻き込んで移動することが可能です。軌道計算もその重力制御を前提に計算されているようです」 と未沙が答えると、グローバルが 「この短時間でか。どうやったら導入できるのかね。それはともかくとして軌道計算の結果も信用するしかないようだな。できればこちらからもいろいろと協力をお願いしたいのだが」 本音を述べる。 「バランスが悪いのを調整したぐらいです。センターブロックにスペースが確保できれば長期間の居住生活に希望が持てます。それが最大のメリットです。調査しながらでも他のことに対応はできると思いますし。ですので72時間、最低でも48時間ください。そのぐらいの間は緊急対応だけのはずです」 メリットを説明した三池に対して、グローバルがシンプルに尋ねる。 「できるのかね?」 「少なくとも地球の調査員よりは人捜しということで熱意はありますよ」 三池が答え大きな呼吸している間に、未沙が 「三池さんは我々と同じサイズの知的生命体がセンターブロックに関係していると考えているようです。私もこれまでのものとは違う文字らしきものを見せて頂きました。それにこの短時間でシステムに介入できる実力もお持ちですし」 出会いの経緯も含めて意見を述べる。 「実力を認めて頂いたようで何よりです。少なくとも1万キロ以内には私よりも可能性のある人間はいないと思いますが」 という三池にクローディアが 「1万キロどころか地球人類にいるかも怪しそうですが」 感想を口にするとグローバルが 「確かにな。すべてを任せると命令はできないし状況次第ではありますが、48時間お任せします」 と結論を出す。いち早くフォッカーが 「艦長感謝します。三池さん、具体的には何を」 「フォッカーさんは民間人の避難誘導を。作業のために、水食料に、艦内システムとの接続回線及び端末を複数台に必要な電力システムがあるバブリングタイプの気密生活モジュールを。あと無理を承知で、船外ミッションが行えてシステムに理解のある人間を。そうでないと現地で足手まといになりますので」 三池がリクエストを述べると、恭子が 「そんな人間がいればこちらのサポートしてもらわないと」 「いなければ一人で作業しますと言いたいところですが、船外ミッションができる人間だけでも」 という答えに皆が候補者を考え始める。自分でも候補者を考えていたクローディアが三池の意図に思い当たり 「最初からそのつもりだったのね」 言葉にする。 「誰もいないのなら俺がやるぞ」 とフォッカーが言うが 「エースの少佐に単純作業をして頂くわけには」 「機体で避難民の誘導をしてもらわないと。それこそ避難民の中からワークロイドの技術者から募集して艦内作業をしてもらってもいいぐらいなのに」 シャミーの言葉に三池が答える。グローバルが 「良いアイディアだな。キム君、避難民が落ち着いたら募ってくれ」 キムが 「了解しました。でもワークロイドを与えて暴発しないでしょうか」 「そうですよ」 こずえも同調するが、提案者の三池が 「そんなことも思い浮かばないぐらいに働かせる。こんな極限状態にいるんだ的確な指示があれば従うよ」 と断言する。 「三池さん、指示するのに慣れているようですね。艦長、私が三池さんに同行します」 「早瀬君」 グローバルが驚いた声を出す。 「オペレータの業務はリモートで支援できると思います。船外ミッションの経験もあるオペレータは私だけで、三池さんとの連絡役を命じられていますから適任かと」 と理由を未沙が説明する。シャミーが不安げに 「早瀬中尉」 声を出すが 「大橋少尉や他の当番直のオペレータもいるから私が抜けても調整は可能よ。ですよね艦長」 未沙が諭すように言う。ブリッジ内で誰も反論できずにいると通信で 「男女を48時間も一つの区画に放置しておくというのも」 「輝の奴もミンメイちゃんと一緒なんだろ」 「そうだと思いますけど」 「なら男と女というのは同じだろ。それに早瀬が一番優秀だし、間違ったことにならんだろうし、仮になっても大人だ当事者同士で解決しろ」 「確かにあっちには未成年がいますねえ。何かあったら誰の責任になるんだ」 「まっ、輝だから大丈夫だろ」 とフォッカーと三池の男同士で軽い内容の会話を始める。それに割り込んで 「三池さん、手配していた資材に私の分を追加しました。宇宙服に着替えてVT-101に向かえばいいですか」 と未沙が確認する。 「なんでVT-101を使用すると?」 「VT-101に宇宙用の燃料材を注入してますよね。パートナーとなりますので宇宙での経験を確認させてください。私は訓練で一通りですが」 「経験しただけですか。私も少々というぐらいですが。こちらの経験はコードとキーを教えますので統合政府機密情報の方で照会してください」 「認証が必要となりましたが」 「表示されているデータパターンを見せてください。これか。桁数が長くなるのでデータ送信します」 未沙と三池のやり取りの結果、メインスクリーン上に統合政府に登録されているエンジニア三池和史の情報が表示される。それを見たグローバルが 「三池さん、少々とは控えめに話されたようですな。優秀なエンジニアで、それを行動で示されている。今後については考えます。早瀬君、君の知っている情報をすべて提供してかまわない」 「三池さん、何かあれば連絡してください。大橋君、バルキリー隊に一度説明するから、それまでに指示を整理してくれ」 「フォッカーさん、進展があれば連絡します。では早瀬中尉の分も含めて資材を受け取りに行きますので身の回りの物を持ってVT-101へ」 男二人が行動を始め通信を切る。グローバルは 「早瀬君、そちらへ多くの作業を依頼することになると思うが頼む」 「艦長、それはこちらの言葉では」 「いや、おそらくこちらから依頼する方が多くなるはずだ。噂レベルだが統合政府首脳直属のスーパーエンジニアがいると聞いたことがある。宇宙開発から地上でのトラブル対応まで領域に関係なく処理しているとな。今まで信じてはいなかったが、あの知識の豊富さとトラブル対応の早さから彼がそうかもしれない。早瀬君、彼のサポートには優秀な人間が必要ではないかと思ったから君に依頼するのだ。優秀な君らを派遣する以上、君らにしかできないことを頼むことがあるだろう」 「分かりました、彼の作業を支援するとともにブリッジのサポートができるように努力します」 グローバルと未沙が会話していると、ヴァネッサが小さく 「誰が艦の運営をしているのやら」 と呟くが、聞こえたのか聞こえていても無視したのかブリッジメンバーは作業を続けた。 「フォールド先の特定はできたのか」 「まだです。高重力下でフォールドを行ったためかと。再度集結して反撃を試みようとしているようですが」 「最初の砲撃と反応弾らしきもの以外に有効なダメージを与えていないというのにか」 「調査ではなく惑星全体を殲滅しますか」 そこにヨーグインが写真を持ち込んで来る。 「少し不鮮明なものもありますが。ブリタイ閣下、特にこれを見てください」 とコクピットに輝とミンメイの乗ったガウォークの写真を見せる。 「なんだ有人タイプの戦闘ポッドではないか」 更にガウォークと建物、建物と自動販売機が写った2枚の写真を見せる。 「いえブリタイ閣下、こちらの写真と比較してください。先程の物体から、写っている構造物と戦闘ポッドを比較しますと、搭乗者はマイクローンサイズである可能性があります」 「なんと」 「何。エキセドル、母艦から射出された戦闘ポッドに見覚えがなく少し小さいと言っていたな」 「はい」 「搭乗者がマイクローンサイズということから考えると回収された物体はマイクローン用のものということは考えられませんでしょうか。となるとあの星はマイクローンの住む星である可能性が」 「ありうる話ですな。ブリタイ閣下、戦闘ルールの最初にマイクローンの住む星には手を出すな。手を出すと殲滅される危険があると」 「わかった。調査機器が失われている以上、一度帰還するしかあるまい。資料を整理しろ、ボドルザー総司令へ提出する」 輝が起きて頭をさする 「いたあ、揺れたなあ。機体に乗ってシートベルトしてなきゃあ大変なことになった。そういやあミンメイは」 と後部座席を見るとミンメイが呼吸で小さく上下に揺らし出血はないようだ。 「ミンメイ」 身体を揺らして起こす。 「うーん」 するとミンメイが意識を戻して目を開ける。 「輝。ここは」 二人で周囲を見渡すが以前とは違い外部が見えない。 「どこ」 と声が揃う。しばらく黙っているが、ミンメイが 「攻撃されているって言うけど、伯父さん伯母さん、みんな大丈夫かしら」 心配をする。 「いろいろあったから」 と何も考えずに輝が答えると、ミンメイが 「そうだよねえ」 暗く呟く。それを聞いて輝が慌てて 「シェルターの中にいれば大丈夫だと思うよ」 と言うが二人の間で沈黙が続く。 バブリングモジュールの中で回線と機器のセットアップを行いながら 「早瀬提督のお嬢さんが首席卒業の才色兼備という話は聞いてましたが一緒に仕事をすることになるとは」 「父とは?」 「お会いしたことはありませんがいろいろな話を聞いたことは。特にお嬢さんについての話は有名でしたよ」 「具体的に何を」 「とても可愛がられていて、前線勤務でなく本部勤務で調整されていたとか。この艦に搭乗されるのに反対されなかったんですか。ブリッジと接続できました。ブリッジにいるように作業できますよ。ただ注意してください、持ち込んだ機器が多いのでマクロスからのエネルギー供給が不安定になると一部の機器が影響します。今は最低限の生命維持と解析用マシンを最優先にしていますので」 「早いですね。本部勤務の話はありましたが断りました。自分の意思でこの艦のクルーになりました」 強い口調だったので三池は返事もせず作業を続ける。未沙も答えずにブリッジとの通信を開始する。何台かで作業していていた三池が立ち上がり、壁に向かって端末を操作する。しばらくして軽く口元が緩んだ三池を見て未沙が 「どうしましたか」 と尋ねると 「よく見てますね。壁の奥から輝君に渡した装置からの電波をキャッチしました。かなり微弱ですが。やはり壁は開くようです。ブリッジに連絡してください」 「会話できないのですか。何をしたのかを聞くとか」 「壁に操作パネルらしきものがないので偶然開いたのだと思います。まあ位置確認用のビーコンなんで会話機能はないですし、会話できるほど強い電波レベルでもないですし」 「そうですか」 「そんなに都合良くはいきませんよ。どこへでも会話できるなら楽でしょうね。地球へ会話できて救援を呼べたらなあ」 「それに意味がないことは貴方が指摘しましたよね」 「提督ならマクロスが地球近辺にいないことはもうご存じでしょう。心配されているのでは」 「統合軍に入隊してから父とは、私的な連絡をしておりません」 「勤務先を調整しようとしていたぐらいだから心配されているかと思いますが」 「そうだとしても任務優先の人でしたから私のことも任務でのことと諦めているのでは。それよりも三池さんは家族が心配されていないのか不安にならないのですか」 「中尉殿、三池とか和史とか呼び捨てで結構ですよ。家族ねえ。家族って同居しているという意味ですよかね、それなら誰も心配してませんよ」 笑いながら三池が続けて、 「結婚経験はありませんから妻はいませんし、同棲相手もいません。おそらく子供も兄弟もいないはずです」 「でも」 「両親や祖父母もすべて亡くなっていますので、世間一般で言われるような家族はいません。家はありますけど私しか住んでいませんので」 沈黙を破るようにミンメイが 「ここって、どこ?」 「さあ」 感情無く輝が答える。沈黙に耐えられなくなって輝がVT-102のチェックを行う。 「狭いなあ。ねえ輝、コクピットから出てみない。さっきもらった食料って機体の外に収納されていたよね」 「外に空気がなかったらどうするのさ。助けが来るまで待たないと」 「でもさっきの区画は空気があったんでしょ、窓がないからそこより内側じゃないの。だから大丈夫じゃない。なんか調べられない」 「そうか気圧計が使えるか」 そう言ってVT-102を操作し始める。 「ミンメイ、空気がある。外へ出よう」 コクピットを開ける。輝が機体を動かそうとすると反応しない。 「なんかおかしくなったようだ」 と言って先に機体から降り、ミンメイを機外へと誘導する。降りた二人は深呼吸すると 「空気がこんなにおいしく感じるだなんて」 「そうだね」 「ここ宇宙船の中なんでしょ」 「おそらく」 「横浜にいたときには宇宙船に乗るなんて想像もできなかったなあ」 「ミンメイ、家出したって言っていたけど横浜から来たの」 「そう。実家は横浜の中華街にある中華料理店よ」 「へえ」 「結構繁盛していて大型店なんだから。父さん、母さん、どうしているかなあ」 「両親いるのに家出って、どうして」 「私は歌手になりたいのに二人とも大反対。それで歌手をしていたこともある伯母さんのところでお世話に活動しようと」 「そうなんだ。それでミス・マクロスコンテストに」 「うん。伯父さん伯母さんも心配しているだろうなあ。そうだ輝の家族は」 「母さんは産んでくれたときに亡くなって、親父は3年前に飛行機の事故で。ヒュー、ドカンと」 「輝、家族がいないんだあ。これまでどうしていたの」 「親父が亡くなる前に今の学校に合格していたから、寮に入れてもらった。奨学生だから軍に関わらないと駄目らしいんだけど」 「そうなんだ」 今度は輝がVT-102の機外パネルを操作してサバイバルキットを取り出す。その中から食料と水分ボトルを取り出すと 「はい、ミンメイ。いつまでいることになるか分からないから大切にね」 「なるほど基本的にはワイヤレス端末で操作するのが基本だからコネクタ部は収納しているようだな。となると次は壁全体を調査するために、ここの重力制御システムを調整してみますか」 「重力制御システムの調整ですか」 「壁の上部へは重力を弱くすると作業するのも楽になるかなと」 「そのために無重力での作業経験がある人間を必要としたのね」 「正解」 未沙と三池が調査の手法について会話する。 「他にもないか確認してみよう」 と周囲を歩いていると、突然勢いよく飛び上がるような形になってしまう輝 「えっ、何これ」 と慌てていると、それを見たミンメイが 「輝、何それ」 笑い出す。大きく笑ったので身体が動き、ミンメイも浮いて制御できなくなり 「あれ何。輝、助けてえ」 と叫ぶ。全身をゆっくり動かして動きを止めることで停止した輝が 「両腕を大きく降ってからゆっくり止めて」 アドバイスをし、それに従ったミンメイが止まる。 「すごい。輝、なんで知ってるの」 「ちょっと前の講義で無重力下での運動について説明があったんだ。ミンメイ、そっちに行くよ」 そう言うと両腕を振って移動しようとするが、動きが大きかったのか勢いよくミンメイに向かい衝突して一緒に移動する。そしてミンメイが 「ちょっと輝」 大声をあげる。すると輝の右手がミンメイの左胸を掴むように握っていた。慌てたことでミンメイを突き押すことになり、二人が離れる。そんな中、輝は 「事故だよ、偶然だよ」 叫びながら両腕を振る。振ったことによって更に輝は大きく変な動きとなる。一方ミンメイは大きく回転していたが床が見えたので大きく蹴り上げて、早いスピードで移動する。 「おもしろい」 と先程のアクシデント(?)も忘れて空中遊泳を楽しむ。 「ねえねえ、楽しいよ。輝、鬼ごっこしようよ」 三池がバブリングモジュールから持ってきた小型装置を低層部に取り付ける作業を開始する。遅れて来た未沙に 「重力制御しましたので移動は楽でしょうから残っているユニットを何回に分けて持ってきてもらえると」 「わかったわ」 と未沙がユニットを持って行こうとするが慣れていないためか、勢いがつき過ぎたようでバランスを崩し回転してしまう 「えっえっ」 パニックになった未沙が叫ぶ。それを見た三池が壁を蹴って未沙の元に向かい抱きかかえるようにして動きを止める。 「大丈夫ですか」 そう言うと左胸を掴んでいた右手とお尻を掴んでいた左手を離し顔を見つめる。照れた未沙が 「大丈夫です」 と答えると 「注意してください。こちらも注意しますけど」 その三池の言葉をどう解釈したものか一瞬悩んでいるような素振りを見せた未沙が 「事故ですから大丈夫です。気にしないでください」 と答える。しばらく沈黙が続き、気まずそうに未沙が 「ごめんなさい」 と謝る。三池が嫌らしい感じで 「どう返したものかな。抱いてしまってすみませんというべきか、触らせてくれてありがとうの方かな。触るなら、宇宙服なしだともう少し感触を確かめられたのに」 と言う。しばらく間を空けてから三池が 「本当に身体の方は大丈夫ですか」 と優しく尋ねる。その言葉に顔を真っ赤にしていた未沙が小さく頷く。 「疲れた」 遊んだ二人がVT-102のそばに寄る。 「動いたらおなか空いたあ」 とミンメイが言い、輝がVT-102から使えそうなものを探す。 「ミンメイ、やっぱりそのサバイバルキットぐらいしかないよ」 「救助が来るまで、これっぽっちか」 「機内にも何かないか探すから食べているといいよ」 とVT-102で輝が探している間にミンメイがサバイバルキットを前に考え込む。そして言いづらそうに 「輝、トイレはどうするの」 「サバイバルキットの中にトイレキットがない?それを使うといいよ」 「でも」 とミンメイが言いよどんだ意図に気付いた輝が 「遠くで使うといいよ。そっちは見ないから」 「でもふわふわしていて気持ち悪いし」 困っていると、少し重力が強くなってくるのを感じる。 「設置作業が完了しましたので重力制御を時間をかけて元に戻していきます」 「何故時間をかけて」 と未沙の疑問に 「急に1Gにして空中遊泳していた輝くんが大けがしたというのは避けたいので」 「なら」 「そのままにしておかないのかですか。血流に影響するからです。なるべく人として慣れた環境にしておくのがいいんですよ。あくまでも調査作業のためということで。それとももっと空中遊泳したかったですか」 「そういうわけではないですか」 「償いに土星接近時に機体が借りられれば運転手ぐらいはしますよ。進宙式から長時間になってますから一度お休みになっては。調査と解析なので時間がかかります。次にお願いするのは空けてからになりますし、単純作業にもできますから中尉殿でなく誰でもいいので」 「中尉殿って、三池さん」 と厳しい感じを出した未沙を遮るように三池が 「呼び捨てでいいですよ、中尉殿。ただの民間人ですし」 「そういう意味では私もただの人間です。では私は三池さんと呼びますから、早瀬さんと呼んでください。貴方から中尉殿と呼ばれるのは、なんか嫌です」 「年上の人に同じ敬称で呼び合うというのもなあ」 年上という言葉に反応したのか未沙の表情が更に厳しくなる。それを見たのか 「まあ輝くんのように年上に失礼な呼び方をするよりはいいか」 の言葉に未沙が表情を少し緩めて 「そうです」 と断言すると、三池が 「あれだけ正直な物言いをする子なんだから地球に帰してあげないと」 「そうね。そのためにも今できることをしないと」 そう言って未沙が手を出してくる。その手を握って 「そうですね早瀬さん。でシェルター内の避難民の収納及び誘導は手順が整理できたようで順調に進んでいます。避難民の登録システムも提供して、既に利用してもらってます。しかし早瀬さんって他人行儀な感じがするなあ」 未沙が一度頷くと 「そうね」 と言い、感心したように 「三池さんって、なんでもできるんですね」 「それぐらいできないと、異星人のシステムに挑戦する資格なんてないですよ。ですから艦に戻られてお休みになって大丈夫ですよ。リフレッシュとしてシャワーを使うとか」 「そういうわけにはいかないわ。私は三池さんのサポート及び連絡役なんだし」 「調査している間のサポートはリモートでも大丈夫で説明したはずですが」 「ブリッジへの支援もリモートで大丈夫です。艦長から三池さんに協力するよう言われていますので」 「調査と解析は事態の急変に対応できるようにバブリングモジュール内で作業するので一人で大丈夫ですよ。ブリッジへ定期的に連絡を入れますので」 「現在は並行して何をやられているのですか」 「避難民の生活対応ですね。効率的な居住スペースの作成、水に食料の管理、衛生面ではトイレやシャワーなど」 「であれば直接説明してもらう方が早いです。ブリッジとの調整は私が担当しますから三池さんの負担を軽くすることができます」 「先程のも疲れているのが原因なのでは。バブリングモジュール内にもベッドやシャワーシステムはありますけど男と二人っきりな状況で利用する気にはならないでしょ」 "先程の"の意味に気付いたのか未沙の顔が少し赤くなるが 「大丈夫です。こちらに残ります。使った方が良ければ使います」 とやや意地になったのか強い口調で未沙が言う。 「嫁入り前の娘さんの行動としてどうかと」 と未沙に聞こえるよう三池が呆れた感じで呟く。 重力が一定して安定した閉鎖空間の中で、ミンメイが 「落ち着いたよね。またいきなり変わらないよね」 輝に尋ねる。自信なさげに輝が 「おそらく」 とだけ答える。するとミンメイが 「輝、こっち見ないでね」 「ミンメイ、なんで」 「トイレユニットを使うのよ」 そう言ってトイレユニットを持って離れる。少し離れたところからミンメイが 「輝、見るなよ」 という。輝が答えて 「はいはい」 そう言って離れようとするが、それにミンメイが 「輝、そこにいて。でもこっちは見ないで。私は歌っているから、輝は身の上話をしてよ」 「なんで」 「いいからお願い」 と必死に頼むミンメイ。仕方なく輝が 「自分が産まれたときに母さんが亡くなって、ばあちゃんに育てられたんだ」 語るとミンメイが明るい歌を歌い始める。 「父さんはパイロットで忙しくて、あまり家にいることがなかったんだ。親父はエアレースもしていたんだ。で、エアレースイベントのときには連れて行ってもらっていたんだ。そんときにパイロットになりたいなあと思ったんだ。フォッカー先輩はそんな親父に憧れて、いろいろと教わっていたんだけど、統合戦争が激しくなって軍の手がエアレースにも伸びたときに、ああパイロットって技術が必要じゃん、親父は軍を嫌ってエアレースを止めて民間パイロットに専念したんだけど、フォッカー先輩は親父に反対されたけど軍に入ったんだ。それでばあちゃんも亡くなって、統合戦争が終わったときに親父も航空事故で亡くなったんだ」 すると歌い終わったミンメイが 「そうなんだ、輝」 と答えてくる。 「お父さんに飛行機の操縦の習ったから輝は上手なのね」 「それほどでもないよ」 「コンテストときにみんな4番機が凄いって言ってたよ。なら輝の夢は」 「親父がやっていたエアレースかな。楽しい思い出がいっぱいあるし。凄く盛り上がっていたのでみんなにも楽しんで欲しいなあと」 「それが輝の夢なんだ」 「うん。ミンメイの夢は歌手になることだったよね。歌うまいんだね」 と照れたように輝が褒めるが、ミンメイも別の意味で照れて 「あ、ありがとう」 と答える。 バブリングモジュール内で三池が複数の端末を使ってセンターブロックの調査と避難民の生活管理システムの整備を進めている。その横で未沙の動きが止まっている。それを見て三池が 「早瀬さん、早瀬さん」 と声をかけると、未沙が起きて 「すみません」 返事をする。三池が 「誰か呼んで艦内に戻った方がいいのでは」 そう提案するが 「そんなことでパイロットを呼び出して、作業を止めるわけにはいきません」 「では休まれるとか」 「まだ休まずに作業されるのですよね」 「まあ」 「なんか他人行儀ですね。パートナーですよね、二人だけのときは名前で呼びましょう。私の方が少しだけ上なだけですし。和史」 照れたように未沙が三池を呼ぶ。三池が 「はいはい」 と言ってから 「では未沙、どうしても寝ないというのならリフレッシュしてください。その状態のままで間違えられても皆が困ります。疲れているときに休むのも任務のうちでは。シャワーでなくても身体を拭いて気分転換でもいいですし」 「そうね、間違えるのは問題ね。リフレッシュさせもらうわ」 とまた照れたようで未沙が言う。三池が 「では背中を向けていますからシャワーユニットをどうぞ」 そう言ってシャワーユニットの入り口に背を作業を続ける。未沙はシャワーユニットの前で服を脱ぎ、全裸でシャワーユニットの中に入る。中に入ると持ってきたタオルを濡らすために水を出すが、そのタイミングで急に照明が落ちて操作パネルが見えなくなって水を止められなくなる。パニックを起こした未沙がシャワーユニットの壁を叩く。 一方でエネルギー供給が不安定となったことに気付いた三池が調査機器と生存系システムを確認する。それらに問題がないことを確認すると、シャワーユニットの照明が落ち水が止まらないことを認識する。外部からシャワーユニットへの水分供給を停止し、ユニットからの強制排水を動作させる。しばらく待っても未沙の動きがないので、呼びかけてみるが反応がない。しばらくして三池がシャワーユニットを空けて入るが、そのタイミングで座り込んでいた未沙が気付き二人の視線が合いお互いに 「あっ」 と声を出すが、自分が全裸であることに気付いた未沙が悲鳴を上げて腕で上半身を隠しつつ入口に背を向ける。 閉鎖区画の中、寝袋が二つ並んでいる。一方の寝袋からミンメイが 「ミスマクロス・コンテストが今日だったなんて長い一日だったね、輝。輝と今日出会ったのにいろいろあったね」 と声を出す。それに輝が 「本当だね、まだおたくと出会ってから一日しか経っていないんだだね」 答えるが、ミンメイの方から寝息が聞こえてきた。寝息を聞いた輝は安心したように目を瞑って横になる。 クローディアが交代のためブリッジに入ると、グローバルがいたので声をかける。 「艦長、ずっとブリッジにいらしたのですか」 「そういうわけではないよ。何度か変わって休憩しているがね。ただいるだけだよ」 「そうですか。現状を確認します。あれ。未沙からメッセージが来てる」 「早瀬君も長い時間頑張ってくれている」 そのときにヴァネッサと恭子がブリッジに入ってくる。 「クローディアさん、早いですね」 「ロイがうるさくてね。よほど後輩のことが気になるみたいで。三池さんから連絡ないかって」 恭子が 「あの民間人ですか、本当に探す意味があるんですか。他のことをした方がいいのでは」 という言葉に、グローバルが 「その民間人を探している三池君がいなければ大変なことになっていたよ。彼が一番休んでいないよ。早瀬君も彼をサポートしている」 その言葉に続けてヴァネッサが 「二人で艦内システムの調整を行っているようですね。こちらも以前よりも使いやすくなりました。早瀬中尉から説明のビデオが」 「避難民の対策もしてくれているわ。それを受けて未沙から今後検討すべき問題点が出てきています」 クローディアが言うが、それに恭子が 「では調査は進んでいないということですね」 と言うが、クローディアが 「調査状況も報告されているわよ。貴方は管制システムの確認をしなさい」 と続けたときにブリッジに疲れた表情の士官候補生の3人が入ってくる。 「疲れた」「今日もなの」「休みが欲しい」 文句を言っているので、恭子が 「急いで仕事を始めなさい」 きつい口調で指示を出す。自分のことを棚に上げている恭子に苦笑しながらクローディアがフォッカー宛てに調査状況のメモを送る。 「未沙がこれほど人を褒めるとはね。向こうも大変でしょうけど一度連絡しないと」 と小さく呟く ブリタイが 「しつこいな」 統合宇宙軍の対応についての感想を述べる。 「はい、奴らも必死なようです。ただこれだけ離れているとできることはないようですが」 とエキセドルが答える。 「そうだな、どうだフォールドに必要なエネルギーは貯まったか」 オペレータの 「完了しました」 その答えを聞くと、ヨーグインへ 「資料の準備は」 「概ね完了しました。フォールド中に確認していただけないでしょうか」 「わかった。全艦フォールド開始」 といって太陽系に派遣された艦隊がフォールドしていく。 未沙が宇宙服を着たまま横になって寝息を立てている。それを一度見ると、三池が声になるかならないかの感じで 『顔を真っ赤にしてすみませんと謝り、どうしても戻らずに仕事すると言っていたのに。全裸を見せた男がいるのにそのまま寝てしまうとは。よほど疲れているんだな』 と呟く。小さく端末にアラートが表示される。受信した情報を確認すると、驚く様子もなく誰に言うとでもなく 『なるほど。やはりフォールドの事象はこちらでの推論と一致しているようだな。レポートを送って地球で準備を進めてもらわないとな』 と再度呟く。 アラームで未沙が起きる。それを見た三池がアラームを止めると、クローディアが 「未沙、おはよう。よく眠れた」 声をかける。未沙は慌てたように現時刻を確認して 「5時間」 と呟く。三池が 「すみません起こしてしまいましたね。自分のアラームだったのですが、ラサール中尉がアラームを止めなくていいというので」 「貴方は1時間も寝ていないんでしょ。パートナーが寝ていて怒らないの」 「ミスされるぐらいなら寝ていてもらった方が」 という三池の言葉にこれまでとは別の理由で未沙が顔を赤くして 「かず、三池さん、すみません」 そう言って頭を下げる。気を悪くした様子もなく三池が 「通常時にこれだけ働かせたら大問題ですよ」 「でも」 と未沙が言うが三池は無視して 「フォッカーさんにも伝言をお願いします。センターブロックには内部が空洞となっているようです。おそらく向かっている壁の一部は扉となるようです。並行して実施していた制御システムへの介入キーを作成しましたので準備でき次第対応しますと」 「未沙に危険なことをさせるのは」 「クローディア」 友人の心配に未沙が抗議するように大きな声を出す。 「大丈夫ですよ。扉が開いても入るのは私だけ。早瀬さんは残しておく端末で、一定時間経過したら扉を空ける操作をしていただくだけなので」 淡々と三池が手順を説明する。 輝が起きると起きていたミンメイが 「おはよう」 と声をかける。輝も 「おはよう」 と答える。周囲を見渡して高い天井と何もなく長く続く左右を見る。そして壁が25mぐらいで区切られていることを確認すると大きく息を吐く。それを見ていたミンメイが 「輝、これって」 区切られている部分を指す。輝も 「巨人用かなあ」 何気なく呟く。 「巨人って異星人だよね。こんなの誰も空けられないよね。どうしてだろ、歌手になるって家出したのが良くなかったのかなあ。もう閉じ込められたままなのかなあ」 と言ったミンメイの言葉に輝は何も返せず沈黙が広がる。 未沙がドリンクと固形ブロックの食料を三池に渡す。すぐに受け取らず考え込むような表情をした三池へ未沙が 「どうしました」 「贅沢を言うわけではないですが味気ないとなあと」 「これでも出せる分を出しているのですが」 「確かに空腹は暴動の原因となりますからね。そう指摘しましたけどね。でも」 「でもなんですか」 「少し前に贅沢の話をしたことを思い出して」 「一流シェフがいる高級店の料理ですか」 「そこまでは贅沢は言いませんが、もう少し手間暇があるとなあと」 「すみませんね、何もしてなくて」 「ここで手間暇かけてくれとは言ってないです」 「でも私が何もできないと言っているように聞こえますが」 と三池にくってかかる未沙。 「今してくれと言ってませんし、貴女ができないとも言ってないです」 「どうだか。渡すことしかできないと思ってませんか」 抗議する未沙に三池が顔をしかめながら 「料理ってある程度経験が大事かと思うのですが、まさか軍での経験と成績でじゃないですよね」 「貴方ねえ。私だって小さい頃にはお嫁さんになるのが夢だったので亡き母に習いました」 「お嫁さん?」 と三池が返答するが 「いいじゃない」 未沙が叫ぶと冷静に戻った三池が 「すみません、人の夢を指摘するのは失礼でしたね。料理の腕は、作られたら映像でいいので見せてください」 と謝罪して落としどころを提示すると未沙も 「私も意固地になりすぎました、すみません」 謝罪する。 サバイバルキットにあったコンロを使って容器を火にかけているミンメイを見て輝が 「へぇー、そんな加工方法があるんだ」 「それぞれを砕いて種類を混ぜて水分を加えれば少しでも味が変わるでしょ」 「俺なんか、そのまま食べることしか考えなかった」 「いろいろ方法があるのよ。お店だからいろいろと工夫しているし」 「へえ、さすが中華料理店の娘さん。もしかして伯父さんも中華料理店を」 「そう南アタリア島で戦争中も営業していたんだって。家出してお世話になっている間、いろいろとアルバイトしていたのよ。はいできた。どうぞ輝」 「ふーん」 と言って輝が食べ 「うまい」 大きな声を出す。 「そうでしょ」 得意げにミンメイが答える。 「魚もさばけるし中華だけじゃなく和食もできるんだから。輝は何が食べたい」 「何って、肉もいいけど、和食なら新鮮な刺身もいいなあ。うん。刺身ならマグロだな」 「マグロのお刺身かあ」 「ミンメイがマグロをさばくところを見てみたいよ」 「さすがにマグロは経験ないなあ」 とミンメイが笑って答える。何か思い浮かんだように輝が 「そうだ資格のないミンメイが店で料理を出すのは問題にならない」 「だからまかないを作っていたり、店内での接客がメインだったのよ。信頼できる軍の施設には出前を届けたりしてたけど」 『信頼できる軍ねえ』 と小さく呟く。ミンメイは聞こえなかったようで輝に 「そうだ輝は料理とかできるの」 「いやあ、ばあちゃんがずっと作ってくれていたし、看病することもなかったんだ。で親父と二人になってからは適当に食べてた。だから寮に入ったときには毎日普通の飯が出て嬉しかったよ」 「そうなんだ。そういえば輝の学校って軍に関係あるんじゃなかった」 「一応技術者の養成学校なんで軍に入らなきゃいけない訳ではないんだけど」 「そうか輝も夢があるからそっちへ行きたいよね」 「うん。ミンメイの夢って歌手になることだよね」 「うん。昨日歌ってくれたけど、あれ本気じゃないよね。もう一回歌ってよ」 「確かに昨日のはね」 と苦笑しながら 「そうだなあ。話にも出ていた横浜の歌ということで古いんだけど”港が見える丘”を」 壁に向かって三池が端末の操作を始める。その様子を未沙が見ていたので 「しばらく時間がかかるでしょうからモジュール内で作業するか休んでいては。扉が開いてもすぐに一人で入りませんよ」 三池が未沙に声をかけるが返事がない。しばらくしてから 「そういえば和史の夢ってなんですか」 「夢って小さい頃のですか。あんまり考えたことなかったなあ。習い事が多かったし、とにかく忙しかったので」 「では今の夢は」 「夢なのかなあ。あえて言うなら宇宙移民ですかね」 「宇宙移民ですか」 と感心したように未沙が繰り返す。 「夢ですから。そうだ未沙は優秀だから移民船の船長になっていただけませんか。若い女性が船長って、移民を盛り上げると思うんですけどねえ」 明るく笑いながら言った後に、少し間を空け真面目な顔で 「もちろん未沙の夢を大切にしてください」 そう三池が言うと、未沙は答えず黙ってモジュールへ移動していく。 ミンメイが歌い終わると輝が心底感心したように 「ミンメイって本当に歌がうまいんだね。音楽に詳しくないけどすごいなあと思った」 「父さんは反対していたんだけど母さんがレッスンだけは行かせてくれたの」 「へえ理解あるんだ。お母さんに説得を頼めば良かったんじゃ」 「お母さんも伯母さんが歌手だったのでこの世界が厳しいことを知っているから歌手になってもいいとは言ってくれなかったんだ。うまいって褒めてはくれたんだけど」 「ふーん、それで伯母さんのお店に家出したんだ」 「伯母さんのお店じゃないわ。伯父さんのお店よ」 「伯父さんが父さんのお兄さん、伯母さんは母さんのお姉さんなのよ」 「へっ」 「商売は父さんの方が上手だけど、料理は伯父さんの店の方が上かな。これ内緒ね。輝もお店に食べに来てよ、チャーハンとか絶品よ。お店の名前は娘々ね」 「今度食べにいかせてもらうよ」 「でも宇宙なんでしょ、営業できるのかなあ」 そのとき小さな音がする。閉じ込められてから聞いたことのない音だったので二人が顔を見合わせる。 宇宙服姿で並んでいると、未沙が三池の顔を見ながら 「空ける前に、内側の空間に問題があっても大丈夫なように閉鎖して影響範囲を限定させる。そして作業者は宇宙服を着用します」 作業の説明を復唱する。 「理解頂いたようでなによりです。単純でも危険なのでアホな志願者をと言ったのですが」 「和史が必要としているのは、船外ミッションの経験があってシステムに精通し危険を承知して参加できるということですよね。少なくともシステムに精通している人間の中では私が船外ミッション経験が一番と自負しています。加えてこれまでの経緯を理解していますので最適な人間ではありませんか」 と上官へ抗議するような口調で未沙が言う。その言葉に困ったように三池が 「早瀬中尉」 と言うと未沙の表情が硬くなったので 「早瀬さん」 言い換えるが未沙の表情は変わらない。無視して三池は続けて 「確かにシステムには精通されています。船外ミッションはまあ最低限満たしているものとします。ですがラサール中尉が危険なことをさせるなと」 「クローディアが言ったことは忘れてください。私自身で決めます。人命が関わる重要な任務ですから問題があることは承知しています」 その強い意志を込められた言葉に、無駄と判断したのか三池が 「はあ。説得するのに時間を費やしても仕方ないので、危険であるということを承知しているということで了解しました」 「何があっても貴方に責任がないことを文書で明記しましょうか」 「いいです。それに何か問題になっても、私ができる限りの対応はします」 「でも」 「でもじゃないです。逆の状況になったら、貴女だってそうする覚悟だったでしょ。ね、未沙」 と最後は優しく名を呼ぶ。それに未沙が頷いて認める。 「二人だけのミッションだからこんな話は今回だけですよ。そもそもオペレータとしてすべてのことを背負っていたら、みんなを相手にしなければならなくなってしまいますよ。任務中は、人としての優しさは含みつつも、冷静に指示してください。オペレータはアイドルじゃないんですからね。個人的な感情を付けていたら、ストーカが大量に発生しますよ。それなら機械呼ばわりされる方がいいですよ」 「忠告感謝します」 「あと今回は私の指示に必ず従ってください。アクシデントを増やさないように勝手に動かないこと」 「そんなに駄目ですか」 「基礎はご存じだが、スペシャリストの域にはまだまだ。こんなことにスペシャリストを使うことでもないのですし、未沙が危険な事情を了解しているからいいかと」 「そうですか。落ち着いたら教えて頂けませんか」 「はい」 「前に土星へ運転手してくれると」 「なんか言ったような気はするなあ。いろいろと落ち着いてからですよ。では空ける操作をしますか」 と三池が言って壁に接続してある手元のコントローラのボタンを押すと、並べてある6台の端末の画面が変化する。未沙も2台の画面を食い入るように見つめる。しばらく時間が経過すると未沙が端末の画面を止め三池に声をかける。 「和史、これ」 と画面を示す。 「これまでのパターンと比べて違和感がありませんか」 その未沙に 「正解のようですね。機械に任せていたら最低でも3時間はかかっていたでしょうね。これまで大変失礼しました。貴女は知識量とその分析能力が優れているようですね。って年下に言われたくはないですよね、未沙」 と微笑んで見せ作業を開始する。未沙も嬉しそうに 「次もできるといいのですが」 答える。作業をしながら三池が 「周囲にいろいろな人間がいましたが、未沙ぐらいの能力がある人はそうは多くなかったですよ。特にバランスが取れているとなると」 「どうも。少しは自信になりそうです。これだけ優秀な人に褒めて頂けたので」 「そうですかねえ、優秀な人間は別にいるんじゃないかと思うんですが。では空けますけどいいですか」 「もう完成したのですか」 「はい、これからが本当の関門です」 そうって三池が端末を一つにまとめて固定する作業を始める。その背に 「これだけの短時間で異星人のシステムを攻略できる人がいるとは想像さえできませんでしたから。知る限り最高ですね。信じてますからどうぞ」 称賛するが、三池は慣れているのか照れることもなく 「では」 と言って最終作業を開始する。すると一枚の壁のように見えていたが、その一部が扉となって次の区画が見える。未沙が 「誰もいない」 と呟くが、三池は端末を確認していて 「輝くんの反応が強くなった」 顔を上げて向かいの壁を見ると、一部にVT-102で使われていたオレンジの塗料が付いている。それを確認した三池が 「次の区画ってことですな。第二ラウンド開始」 次の戦いを開始する。 「避難民の状況はどうかな」 「やはりスペースが狭いと不満の声が多くなってきています」 グローバルの質問に、艦内管制ということで担当となったキムが答える。 「避難民は増える一方だ、これから厳しくなるな。センターブロックの調査に期待するしかないな」 それに恭子が 「大丈夫でしょうか」 反射的に質問するが誰も答えられず、ブリッジに重い空気が広がる。しかし通信していたシャミーがいつもの明るいトーンで 「早瀬中尉から連絡です。センターブロックの扉を開けたので進入許可を求めています。というか許可がなくても準備が終わり次第すると三池さんが言っているとのことです」 と報告する。その報告で一気にブリッジの空気が明るくなる。この報告にはグローバルも苦笑しながら 「シャミー君、通信をメインパネルに切り替えてくれ」 通信がメインパネルに切り替わり 「早瀬です」 「センターブロックが開いたそうだな」 「はい、向こう側の壁にVT-102の塗料と思われる物が付着しており、三池さんが渡したビーコンの電波強度が上がったため更に奥があるものと思われます。艦長、進入する許可をお願いします」 「未沙、少し興奮していない」 スクリーンの未沙が一呼吸してから 「そうかしら」 と普段の未沙とは明らかに違う口調で答える。 「彼に伝えて、未沙を危険なことに巻き込むのはやめてと」 「クローディア」 未沙が抗議するが、グローバルが先に 「許可が無くても進入するとは早瀬君らしくないな」 と言われると未沙が意外そうな表情をするがグローバルが続けて 「三池さんの影響かね。二人だけで何かあったのかね」 というとブリッジに笑いが広がる。ただ恭子は 「なにをしているんだか」 と呆れたような声を出す。未沙は驚きで返答できずにいたので、グローバルが 「仮に何かあってもフォッカー君が言っていたように大人同士でのことだ当事者同士で解決してくれ。それともそうでは済まない状況になったのかね」 嫌らしく笑って言う。その言葉に未沙は顔を赤らめて黙り、一方でブリッジは更に盛り上がる。恭子だけは呆れて言葉が出ないようだ。ただグローバルは表情を引き締めて 「三池さんに伝えてくれ進入は許可する。ただし一人ではその次に行かないように。少なくとも早瀬君を同行させるようにと。それでも危険だが早瀬君いいかね」 「了解しました。目の前の扉については開閉を制御できています」 「この短時間で制御できているだなんて、マクロスのスタッフどころか地球の研究員って何してたのかしら」 「そうですね。三池さんって優秀なんですね」 とヴァネッサとこずえがある意味呆れて正直な感想を述べる。それが聞こえたのか未沙は軽く微笑みながら 「かず、三池さんはエアロックではないかと考えているようです。そのため中に入ったら一度扉を閉めます。最初は私が残って扉を制御できるか試します。一人では次に行かないということですから調査はいいですが次には進まないように」 後半は近くにいる三池へ向かって言っているようだ。 「制御端末をいくつか用意してもらっています。二人で入ったら制御端末とデータを残していきますので参考にしてください」 「参考」 と不思議そうにシャミーが尋ねる。冷静に未沙が 「確認しましたが、避難民への対応で人をこちらへ回すのは厳しいですよね。こちらだけでなんとかします。艦長の許可も得られましたし」 と答えると、それまで余裕を見せていたグローバルが 「そこまで許可したとは」 と驚き、しばらく考え込む。未沙が続けて 「避難民のスペースが不足していますよね。急ぎ対応する必要があると思います。こちらは二人だけで十分作業できます」 その言葉にグローバルが落ち着いて 「早瀬君、危険だが頼む。君たち二人でできなければ今のマクロスでは誰にもできないだろう。だが無理はするな。こちらの作業が一段落したら、急ぎ部隊を送る。いいね」 「ありがとうございます、艦長」 未沙が答える。最後にクローディアが 「未沙、何があったのか後で教えてね」 と付け加える。 「突然の攻撃だったじゃない。大丈夫かなあ。相手は巨人さんなんでしょ」 と高い壁を見ながらミンメイが不安そうな声を出す。 「巨人さんって」 自分が銃撃した後ろめたさがあってか曖昧にしようするとする輝。 「上から攻撃されるなんて経験するなんて思ってもみなかった。ただミス・マクロスコンテストが歌手へのきっかけになればと思っただけなのに」 「ミンメイ」 「お父さんの言うように南アタリア島へ行かなきゃよかった」 「でも宇宙からの攻撃でしょ、南アタリア島以外にも影響出たんじゃ」 その言葉がミンメイを余計に不安にさせるということに気付き黙る輝。その輝の言葉を聞いて、自分たちだけではないことに気付き言葉を失うミンメイ。沈黙だけが残る。 「では次を開けますよ」 と準備が完了した三池が未沙に言う。 突然、輝が 「先輩が助けてくれる。先輩、統合戦争では50機も撃墜したエースなんだよ」 明るい口調で話し出す。 「先輩は、女の人を口説くのに急降下したりとか、二日酔いでも撃墜したりと無茶苦茶な人だけど。でもエースパイロットの先輩が言うんだから重みがあるはず。きっと救出部隊を頼んでいるって」 「輝、信じてるのね」 「まあね、父さんと一緒に飛行機の操縦を教えてくれたんだ」 「そう」 ミンメイは答え続けて 「でも」 と言って間を空ける。 「でも、もうやられちゃっているかもしれないじゃない。そもそもここがどこだか分からないし、ここからどこにも行けない。飲むものも食べるものだって残り少ないし」 「ミンメイ、いろいろなことがあったけどなんとかなったじゃないか」 と答えるが 「でも今まではいろんな人が助けてくれた。でも誰もいないんだよ。長く苦しむぐらいなら、あの機体を爆破して一緒に死のう」 「バカなこと言うな」 輝が叱るがミンメイは黙っている。輝は絞り出すように 「僕はミンメイを、ミンメイを。でも何もできなくて、それでも、ごめん」 と言う。ミンメイが 「ごめん、輝。輝は私を守ってくれたんだよね。それなのに」 そう言って泣きじゃくる。しばらくして 「どうしたらいいのか分からないし、決められないけど、でも」 と輝が言う。ようやくミンメイが落ち着く。 「そうだね輝。でも夢だけは叶えたかったなあ」 「歌手」 「それもあるけどお嫁さん。素敵な人と結婚式を挙げたかったなあ」 ミンメイが輝の顔に自分の顔を寄せる。輝は戸惑って固まる。ミンメイがさらに顔を寄せキスをする。 大きな音と共に扉が開く。キスをしていた輝とミンメイが音に驚いたように開いた扉の方を向く。すると二つの人影がある。二人に近寄って宇宙服のヘルメットを脱いだ三池が苦笑しながら 「良かった、二人とも無事で。ミンメイさんも問題はないよね」 確認するとミンメイが 「はい、輝が守ってくれました」 「そう。輝くん、ご苦労様。無事でなにより。安心したよ」 「三池さん」 それに輝が答える。三池は頷くと、周囲を見渡す。入ってきた側の壁は巨人サイズで区切られているのに対して、反対側の壁は我々のサイズで区切られているように見える。三池は未沙に 「進宙式のこと覚えていますか。どうです」 と挑戦的に言う。未沙はあっさりと 「やっぱり貴方の推測が正しいのかも」 笑って答える。自慢げに拳を挙げた三池が 「サイズ的にまだ奥がありそうですからね。期待できるかも」 と輝とミンメイが 「何が」 と尋ねるが三池は壁にある端子らしきものに接続し作業を始める。代わりに未沙が 「次の扉」 と答え 「全体の大きさからすると、この先にかなりの空間が広がっているんじゃないかと考えているの。これまでの扉もエアロックのようだし」 と続ける。ミンメイが 「みんな大丈夫なんですか」 その質問に、三池が 「事故で宇宙空間へ島ごと出てしまったんだ。それで二人を捜索するついでに避難できる場所を探しているんだ」 輝が 「それって、なんなんですか」 と強い口調で言い、ミンメイさんは 「伯父さん、伯母さん」 と呟くが三池は冷静に 「ミンメイさん、伯父さんと伯母さんの名前と住所を教えて。シェルターに避難してここにいる人達の名簿があるから確認できるよ。二人を追加をしてください。そのときに検索もお願いします」 それを受けて未沙がシステムの操作を行う。すぐにミンメイから 「伯父さん、伯母さん、無事だ」 喜びの声をあがる。輝も 「良かったね、ミンメイ」 と言う。 その間に端末を操作していた三池は、大きく息を吐いてから叩く仕草をすると進入してきたのとは反対の壁に地球人間サイズの扉が開く。輝とミンメイは驚きの声を出す。未沙は 「二人がいなくなってから三池さんが不眠不休で探してたのよ」 と説明する。三池は 「不眠不休でなく少し寝ましたけどね」 笑いながら作業を続けると、扉の開閉が制御できるようになる。 扉の奥はこれまでのような広さはなく、地球人類サイズが30人ほど入る大きさであった。三池が 「更に先がありそうだな。これもエアロックだろう。エアロックが3回ねえ」 と呟く。そのまま気圧差がないことや異常な空気ではなかったことを確認すると、リモート操作もできる端末を端子に接続する。三池が 「ここまで問題ないから空気は大丈夫でしょう。私が入ります。みんなはここで待っていてください」 そう言い、未沙を見ながら 「しばらくしても反応なかったらどう対応するかは分かりますよね」 と言うと、未沙が 「情報を整理して送っているからもう少し待って。もう大丈夫、先へ行けます」 「行けますって。今度は全く別の制御システムのようです。入っても戻れる保証はありません」 「それを短時間で開けられるって、どれだけ優秀なの」 「今度こそ閉じ込められる可能性も高いです。それにこの先に危険な生物がいないとも限りませんし」 と強い口調で三池がこの先の危険を指摘する。 「だからよ。部隊の準備が出来たから二人はそちらに任せて大丈夫。入って何かあってもリモート端末の操作手順を説明してあるから、操作してもらえるから問題ないわ。一緒に入って協力しないと」 「部隊が来ても私が入るのは確定なんで、私だけ入っても状況は変わらないんですが」 「だからよ。艦長からも言われているわ、一人で先に進まないことと」 と未沙と三池がやり取りしている。そのやり取りを聞いたミンメイが 「置いてけぼりにされるのは嫌。一緒に入る」 と叫ぶ。 「危険です、お勧めできません」 「ミンメイさん、待っていれば部隊が来るから」 と未沙と三池が待つように説明するが 「いつ到着するのか分からないんでしょ。せっかく人が増えたんだから別れたくない」 とミンメイが答える。諦めたように未沙が 「分かりました。ビデオに自身の意思であることを記録して残します。何かあったらそれを伯父さんへお見せします。それが条件です」 「はい」 未沙の提案をミンメイは間髪入れずに了承する。未沙は端末のカメラをミンメイに向けて 「では録画します」 「リン・ミンメイは、生きてる限り夢に向かって次の目標へ行動します。ですからこの先に希望があることを信じて扉の先に進みます」 「了解です。良い言葉ですね」 「ごめん、三池さんの言葉勝手に借りちゃった」 「そうですか」 と言って、微笑みながら未沙が三池の方を見る。未沙は操作をした後に、メモリチップを床に置き 「コピーして残しました。入りましょう」 準備ができたことを言う。三池は肩をすくめてからヘルメットをその場に置いたまま奥に進む。二人の女性が付いてくる。置き去りにされると思った輝が 「待ってよ」 と抗議する。三池が 「フォッカーさんにメッセージを残さなくてもいいの」 「先輩ならいいよ」 と言って付いてくる。ミンメイが 「やっぱり輝、付いてきてくれたんだあ」 「一人で残されるのは寂しいよ」 と輝が呟く。4人で扉に入ると三池が 「エアロックだと思うから閉めるよ。もう戻れないかもよ」 と脅すように言うが誰も戻らないようなので、観念したように三池が操作をして扉が閉まる。すると音声らしきものが流れる。それは理解できれば「男女のペアが2組。戻ってきた。ようこそ、新たな住まいへ」というアナウンスであった。しばらくして三池が反対側の接続端子に接続しようとする前に、反対側の扉が開く。空気が抜けていくとか有害ガスもなく、これまでよりも広いスペースが広がっている。4人は意識することなくスペースへ入り、すると自動的に扉が閉まる。 目の前には、公園のような広場の先に地球上では見慣れない構造ではあるが住宅らしきものが建ち並んでいる。危険を想像していても、想像していなかった光景に三池でさえ声が出ないほど驚く。落ち着くと、三池がスタンドを用意してビデオカメラでの撮影を始める。 急にミンメイが建物に向かって走っていく。そして振り返って 「見て見て、みんなで生活できそう」 明るく言う。そして明るく”明日があるさ”を歌い始める。輝も未沙も三池も、その場で座り込む。ミンメイの歌が終わると全員が拍手をしながら輝が 「ね、ミンメイは上手いでしょ」 と言うと、未沙と三池が揃って 「確かに」 と呟く。揃ったことにか二人は顔を見合わせて苦笑しあう。 輝とミンメイは公園らしきところを歩き回り、建物を見て回る。 「輝くん、ミンメイさん、確認できていないから建物の中には入らないように」 三池が注意していると、未沙が三池に寄ってきて 「お疲れ様。これで避難民全員を収容できそうよ」 と笑う。三池は 「これからですよ。気密の確認、人数が増えて空気循環を維持できるのか、水は、重力制御は、エネルギー供給は、それらと出入りを含めたシステム管理をどうするのか。さらには食料問題もありますよ」 と問題を指摘する。未沙が黙ってしまうが、三池はビデオカメラを回して撮影を続ける。未沙は三池に尋ねるように 「システム的なことは大丈夫、和史がいるから。でもどうやって避難民の人達に説明したらいいのかしら」 と悩んでいる。三池が 「希望を与えることですかね。時間を稼いで、暴動を抑えるためにも」 そう言ってビデオカメラを再生モードにしながら、撮影したシーンから何かを探している。そしてミンメイが歌っているシーンを見せながら 「これなんか使えませんか。その前にもいいのが撮れていませんか、彼女が決心するときの。ミンメイさんに、協力をお願いしてもらって。それならそれほど手間にならないので私も協力できると思うし」 考えを整理する。未沙は先程のシーンを見て考える。そんな未沙を無視して三池が動き回っているミンメイに 「ミンメイさん」 と大きな声で呼ぶ。ミンメイは輝と一緒に三池のところに行き、ミンメイが明るく笑って 「三池さん、なんですか」 「ミンメイさん、突然の事故で宇宙に出てしまったんだ。そこでミンメイさんにお願いしたいんだ。ミス・マクロスとして、マクロスの代表としてみんなに希望を与えて欲しいんだ」 「でも」 珍しくミンメイが躊躇し、輝が 「ミンメイの夢は歌手になることなんだ」 と強い口調で言うが、三池が 「歌うのもいいね。歌上手いしね。私も多少は音楽の心得があるから作曲で協力できると思うよ」 と言う。ミンメイが 「本当に協力してくれるんですか」 嬉しそうに言う。三池の横に並んだ未沙も 「私からもお願いします」 その言葉を聞いて三池は 「では女性陣には作詞をお願いするということで」 笑いながら言うと、ミンメイが 「私の歌ができるの」 と喜ぶ。急な展開についていけない輝は会話に参加できない。そんな中、三池が 「じゃあみんなを呼び込む準備をしないとね。いい服ないかなあ」 「今ある服ってコンテストのときに着た作業着ぐらいよ」 とミンメイが言うと、三池が 「それいいんじゃない。未沙もどうですか」 未沙へ笑って言うと、未沙は怒ったように 「結構です」 と答える。輝はますます元気になっていくミンメイと違って、疲れ切ったように 「ははは」 とその場に力なく崩れ落ちる。
#04 浮遊 後書き Main Storyに戻る