妄想解釈 超時空要塞マクロス

#06 ミス・マクロス


「統合軍の通信パターンらしき微弱な電波を受信しています」
ヴァネッサにしては曖昧な報告に
「"らしき"とはどういうことだね」
「電波自体が微弱な上に、かなり断片的にしか受信できておりませんので」
グローバルの質問に返答する。シャミーの
「でも統合軍らしきものなんですよね、技術スタッフで解析できないんですか」
期待を込めた質問にこずえが
「その技術スタッフから"らしき"という結論」
「使えないわねえ」
「こら、キム。でも正体不明というのもねえ」
キムを叱ってからクローディアが気味悪そうに呟く。
「となると、あの男の出番じゃないの」
と恭子が使って当然という感じで丸投げの提案をする。それを聞いた未沙の表情が曇るが
「早瀬君、三池さんに大至急分析を依頼してくれ」
グローバルの命令に未沙は
「イエッサー」
と短く返答する。

「こちらの電波を反射しているのではなく、かなり微弱ですが発信しているようです。漏れているというレベルかもしれませんが。こちら側の受信能力も一因でしょうけど。それと目標物は不規則な回転をしているようです」
「なあんだ」
「うちの技術スタッフって何してるんだろ」
キムとシャミーの愚痴に誰よりも早く
「技術スタッフも機器を整備する人が多いし、マクロスには天文に詳しい人も少ないし、観測データも少ないから」
分析を依頼された三池が無能呼ばわりされた技術スタッフを弁護する。
「それで結論は」
グローバルが質問する。
「個人的な考えということで良ければ」
そう言ってから三池が
「敵か正体不明を除けば、プロメテウス基地ないしそこからの放出物かと。この付近に到達しそうな物体の候補はそのぐらいしかないので。電波パターンが統合軍に近いということも考慮すると。もちろん統合軍が秘密裏に何かしていれば別ですが」
こずえが
「どうして言い切れるのですが」
「統合政府の観測データと照合をしたから」
三池が明るく答えるが誰からも反応がないので
「誰かが情報の共有もせずに勝手なことを言うかと思ったのに」
三池が自身の言葉に突っ込む。それを受けてヴァネッサが
「早瀬中尉から観測データの件は聞いています。データフォーマットが違うので優先して取り込んでいなかったようです」
未沙を見ながら答える。その未沙は考え込んでいるようで身動きがない。
「プロメテウス基地は統合軍の最高機密で詳細は不明で。もちろん敵の罠であることも考えられます。ただ罠にしてはマクロスとの距離が中途半端かと。捕虜を得ようとするならもっと明確なメッセージを送ってきそうなものですし」
「だから個人的な考えなのね」
「はい」
三池がクローディアの言葉を認める。クローディアは反応のない未沙を一度見る。そして同じように反応のないグローバルと恭子に気付く。しばらく沈黙が広がり耐えられなくなったのかシャミーが
「艦長どうします」
確認するがグローバルは
「うむ」
と呟くだけでまともな返事をしない。そこへ三池が
「調査しましょう。うまくいけば物資が手に入ります」
強く意思表示をする。誰も反応しないのでクローディアが確認する。
「どうやって」
「少数の派遣チームを送り込んで」
三池の言葉に、グローバルが
「危険ではないのかね」
「リスクはありますしどれだけ使える基地設備があるのか不明です。それであっても調査だけでも。放棄することになったとはいえ、人類が挑戦した大きな夢だったんですよ。その夢を調べなければ、先に進みませんし夢に挑戦した人達が報われないじゃないですか」
その強い言葉にブリッジにいる全員が声もなく考え込む。いち早く立ち直ったクローディアが
「貴方にしては珍しいはね。そんなに主張するなんて」
「損得だけで判断しているわけでもないので。今はマクロスも落ち着いています。であれば最低限の調査ぐらいしてもいいのでは。特に宇宙開発という夢に挑んだ人達の結晶がどうなったのかを調べる機会なんてそうないです」
三池の熱意に意外という表情をしながらヴァネッサが三池に確認する。
「どのように進められるんですか」
「プロメテウス基地はマクロスとほぼ反対の方向を向いて移動しています。現在マクロスの重力制御システムは調整中でプロメテウス基地に寄るほどの大きな軌道変更は難しいでしょう。大きく軌道変更すると地球への帰還スケジュールにも影響します。そこで小規模な調査隊を編成し、船ではなく重力制御装置と反応炉というモジュールのみで高速に移動します。制御ユニット、生活モジュールと調査に必要な最低限の機器だけを搭載した高速ボードですかね。軌道計算しましたが、これからマクロスが微妙な軌道調整をしている間に準備して10時間後に出発すれば到達に1日、調査に半日、帰還と持ち帰りを考慮して合計で5日分、余裕をみて一週間のエネルギーと食料などがあれば十分かと。罠である可能性もあるから、最小限の人数で」
キムが三池に
「それって危険じゃないですか」
「罠もそうですし航行中の故障も考えられるから、安全を保証するものではないですね」
「やだー」
というシャミーの言葉に
「ですよね。ですから提案者の私が行きます。現地で荷物が増えた場合に即座に軌道計算を変更する必要がありますしね。必要な人材はこちらで集めます」
するとこずえが
「でも機器の制御やトラブル対応に、通信制御って。そうか三池さんならすべてできますね」
「船外活動もね」
と三池がいつもの調子で答える。クローディアが
「調査や解析能力があるのは証明済みですから、調査チームの責任者は決まりですかね」
グローバルに向けて確認する。グローバルも決心したようで
「そうだな。それで三池さん、調査チームのメンバーはどうするつもりだね」
そう言って三池に確認する
「訓練も兼ねて作業用にワークロイド3台と操縦者2名をこちらで用意します。何かあったときの対応用に武装したバルキリー1機とパイロットを。こちらも訓練ということで新人で十分です。バルキリーの新人パイロットって輝くんになるのかな。滞在時間を考えればこれだけあれば作業は十分かと」
シャミーが
「それだけですかあ」
と呑気な感じで言う。三池が苦笑しながら
「希望を言えば、統合軍の装備全般に詳しい技術者を。調査や持ち帰る機器の選定などでアドバイスが欲しいので」
グローバルが
「マクロスに乗り込んでいる技術スタッフから希望者がいるか確認しよう。キムくん、確認してくれ。男女を問わないかね」
「新人パイロットは男性でしょうから4人男性となるので男性の方がいいですかね。生活モジュールの数を減らす意味でも」
そう答えた三池に、未沙が
「軍のしかるべき立場の人間が同行すべきです」
「それはそうでしょうけど、人数を少なくしないと困るのでマルチなスキルのある方でないと」
嫌そうに三池が答えるが、未沙は気にせず
「三池さんが行くなら連絡役である私も同行します。オペレータと船外活動ができますから調査活動の役に立つはずです。それに統合軍の装備品についての知識があります」
グローバルは
「しかし」
と渋るが、そこにキムが
「調査への同行を希望する技官が一名いました。女性です」
それを聞いた未沙が
「であれば女性用に生活モジュールを追加してください。私が三池さんのサポートをします。ワークロイドもシミュレーターで経験していますのでサポートぐらいはできるはずです」
今度は三池が渋い顔をする。そこへ恭子が
「マクロスとの連絡も必要ですし、ワークロイドへ指示するオペレータも必要ですよね。マルチなスキルが必要ということなら、オペレータで船外活動の経験があるのは早瀬中尉と私だけですので私も行きます」
強引な恭子に驚きつつもクローディアが
「私達がサポートします」
と言うと、グローバルが決断して
「三池さん、軍からのメンバーをよろしくお願いします」
小さく息を吐いて嫌そうに三池が
「ではボートに生活モジュールを追加します」
「念のため完全武装したバルキリーと無人機を3機追加しよう。早瀬くんもいるし、三池さんなら運用に問題はないでしょう」
グローバルが調査チームの編成を確定する。


「少し小さいスクリーンだったけど映画が観られるようになって良かったね」
明るくミンメイが言うが輝は
「そう」
と気のない返事をする。そんな輝にミンメイが
「こら。美人と映画を観に来たのに、その態度はないだろ」
笑いながら輝に近寄り手を握る。握られた輝は緊張した様子で
「み、みんなが見てるよ」
そう答えるので精一杯となる。緊張した輝を知ってか
「せっかくロマンティックな映画を観たんだもん、私だって素敵な出会いがしたいなあって思うじゃん」
「モノクロ映画なのに」
「お転婆な姫様が抜け出して、お忍びで街へ。そこで出会った記者といろいろな観光地を巡って。そうバイクを二人乗りするシーンなんていいわよね」
「おたくずいぶんと詳しいね」
「輝、古いけど名作よ」
「ふーん」
「観たことなかったんだ」
とミンメイが驚く。
「ほんと、輝って飛行機にしか興味ないのね」
そして手をつないだ二人は一方的にミンメイが映画についての感想を語る。多くの人が、話題のミンメイに連れの男がいることに気づく。

「そういえばミンメイ、映画のチケットは」
「もらったの」
「誰から」
「三池さんから。映画館を始めたから行って感想をって」
そんな話をしていると娘々に到着する。店内に入るとミンメイの伯父伯母が
「ひかるくん、正式に軍人になったんだって。これから頑張ってもらわないと」
「そうよいっぱい食べて体力つけないと」
そしてミンメイが
「そういうことで今日は軍人になった輝のお祝い」
と娘々に来た理由を語ると
「しかしいきなり宇宙空間出られるんだもん、輝すごいなあ」
「俺、まだできないことばっかだし。一番下っ端だし」
「輝、無重力空間での遊泳も教えてくれたし、操縦もうまいからすぐに出世するって」
ミンメイは興奮気味に
「輝は、エースパイロットになって英雄として表彰されるよ、きっと」
「そんなあ」
やる気を感じない輝の返事に近所のよっちゃんが
「そうかなあ」
と不安という感じで言うが、ミンメイは
「ミス・マクロスコンテストで披露してくれた宙返り良かったし、閉じ込められたときにも頼りになったし」
「こんなのが?」
そう言ったよっちゃんに、ミンメイが
「よっちゃん!」
軽く叱りつける。そう言ったものの
「でも輝、女性オペレータに文句言われてたよねえ。大丈夫」
心配そうにミンメイが確認してくる。輝は一瞬戸惑い誰のことか考えるが
「そうなんだよなあ、これからあの"おばさん"が上司になるんだよなあ」
「輝、人付き合い下手そうだからなあ。でもまだ若くなかった、あの二人」
「あの二人?」
「早瀬中尉と、えーと」
「無茶振りの大橋少尉ね」
「早瀬中尉はまだ優しいじゃないの」
「前にミンメイ言い合いしていなかったっけ」
「そうだっけ。でも早瀬中尉は三池さんとも仲いいみたいだし、無茶なことは言ってなかったと思うけど」
「確かに」
輝の同意に、ミンメイが
「となると大橋少尉との相性かな。女性は優しく接してあげないと駄目だぞ、輝」
と輝にアドバイス?をすると、厨房からシャオチンが
「あいよ、レバニラ炒めあがったよ」
という声がしてミンメイが
「はい」
厨房へ料理を取りに行く。そのタイミングでフォッカーが娘々に入ってきて
「おうここに居たか、輝」
「なんすか先輩」
「いいか輝、初めての任務だ。三池さんの指揮で調査に行ってもらう。それに護衛で行ってもらう。まあ半分訓練みたいなものだ」
「俺、もう任務ですか」
戸惑う輝に、レバニラ炒めを持ってきたミンメイが
「輝、お仕事なの」
「そうみたい」
「輝は、これから三池さんの調査隊に同行するんだ」
フォッカーの言葉にも盛り上がっていない輝の表情を見たミンメイが
「三池さん調査でマクロスからいなくなるの?心配だなあ。それに三池さんがいなくなったらマクロス大丈夫なの」
「マクロスのことは引き継ぎはしているから大丈夫と言っていたが。三池さんが戻ってこないと大変なことになるな。おい輝、重大な任務だぞ」
そのフォッカーの言葉に続けてミンメイが
「そうだぞ輝、重大な任務だぞ」
そして厨房へ向かって
「伯父さん、三池さんがこれから調査でマクロスを離れるんだって。何か差し入れしないと。輝も一緒だって」
と大きな声を出す。そしてフォッカーが
「輝、行くぞ」
と輝の腕を掴むと
「俺、これから食べるところだけど」
「差し入れしてくれるんだろ」
そのまま出口へ連れていかれる。そんな輝の背中へミンメイが明るく
「お仕事頑張ってねえ」


こずえの
「調査隊出発しました」
という報告にキムが
「計算通りとはいえ、物凄いスピードで出て行ったわよね」
「反応炉と重力制御システムを細かく制御しているみたいよ」
ヴァネッサが状況を説明する。
「でもでもあんなスピードで出て行って乗っている人たち大丈夫なの」
シャミーの疑問にクローディアが
「なんでも重力制御システムを部分的に制御しているから、気密区画では大きな影響はないそうよ」
グローバルが
「そうは言っても最低限の生活モジュールしかないし、各システムの予備もないから危険なことには間違いない」
少し後悔しているように続ける。そんな心境を知ってかシャミーが
「良かった。私が同行することになるかと思ってたので」
「なんでアンタなのよ」
キムの疑問に
「そりゃあこういう危険なことは美人なヒロインがするものじゃない。映画でも良くあるじゃん」
「聞いた私がバカでした」
「なによ、キム」
と二人で揉め始める。その二人を無視してこずえが
「通信やレーダーのスキルが必要でしょうから私かヴァネッサさんが候補かと思っていましたけど」
「そうね恭子があんなに強引に行きたいと言うなんて。早瀬中尉もなんか変じゃなかったですか」
ヴァネッサの感想に、グローバルの表情が曇り、クローディアは
「そうね」
短く答える。そんななかフォッカーより通信が入り
『おい、クローディア、調査隊はどうなんだ』
「ロイ、まだ出発したばかりよ」
『そうか』
フォッカーは心配そうに
「輝の奴、面倒起こさなければ。ミンメイちゃんも応援してるんだから、しっかりやれよ」
と呟く。


「多少加速による重力の影響があるけど大丈夫かな」
そう言って三池が改めて説明する。
「せっかくの差し入れがあるから手短に。危険だし不自由をかけることになるけど、皆よろしく」
『望んでなんかいないって』
誰にも聞こえないように輝が呟く。
「これから電波の発信源に向かいます。統合軍のプロメテウス基地と予想していますが、敵の罠などであれば至急マクロスに戻ります。本当にプロメテウス基地であった場合には、調査を行い使えそうな部材を持って帰ります。マクロスに帰還する関係で現地での調査は12時間を予定しています」
ここで女性技官が手を挙げる。三池は
「どうぞ」
と彼女に発言を促す。
「プロメテウス基地は回転して可能性があるんでしょう。調査の障害にならないの」
「バルトロウ技官が指摘されたように回転が収まらなければ見るだけになるでしょうね」
「バルトロウでいいわ」
「見るだけでも価値はあるかと思いますが、制御システムにアクセスして回転を止めようかと。船外活動で接近して」
「地球上で誰も成功しなかった異星人のシステムを短時間でアクセスできた人なら大丈夫でしょうね」
「どうも。ということで目標物に接近したら無人機を送って偵察。基地であれば回転を停止すべく私が接近。回転が止まれば外部から使えそうな部材の回収。内部の確認は状況次第」
今度は大きな男が手を挙げて
「俺たちがすることはワークロイドで回収ということですけど、何か回収できそうなものってあるんすか」
「いい質問だね、柿崎。プロメテウス計画は小惑星帯にある小さな天体を火星へ向けて打ち出して、基地建設の材料とするのを目的にしていたんだ。その関係でプロメテウス基地は大型のリニアカタパルトを装備している。そのリニアカタパルトが一番のお目当てかな。バルキリーの運用に役立つと思うし。ただ輸送船が火星へ急行する際に、リニアカタパルトを利用したようなんだけどスペックを越えた大きさだったので制御がおかしくなったのかなと。そういうこともあってプロメテウス基地は消息不明になったと推測しているのけど」
「へえ」
三池の解説に素直にマックスが感心する。未沙は感情を込めずに
「なんでも詳しいのねえ」
とだけ言う。しかし輝は
「それってもう壊れている可能性もあるんじゃ」
やる気のないコメントをする。三池は
「確かに。発信源自体が破損していて小さいからという可能性もあるね」
否定をしないが
「もちろん敵がいて我々が捕虜になる可能性もある。異星人と捕虜の取り扱いで協定を結んでいるわけじゃない。乗り込む前にも説明したが、巨人で異星人に捕虜になったらどんな扱いをされるか想像できない」
そう言うと三池は一息ついて
「万が一に備えてのシステムがあるが利用するのは自由だ。でも使うつもりはないな。巨人だから捕まったら何もできないってことはないからね。何も考えずに選択した道が偶然良かったということは運頼みすぎるからね。もちろん運も大事だけど」
そう言って不安そうな全員の顔を見てから
「何事も経験だよ経験。危険がないとは言わない。避ける努力はするし、今マクロスにいても事故に遭遇する可能性が無いわけじゃないので。成長するための訓練の一つと思ってもらえると」
と続ける。その言葉にバルトロウ、柿崎、マックスの三人は頷くが、輝は微妙な表情をする。そして三池は反応の薄い二人のオペレータをちらっと見てから
「では現地に到着するまでゆっくり休んでいてください」

「うんまい。こりゃあいけるなあ。食べないんっすか」
豪快に娘々からの差し入れを食べている柿崎が、食べながらしゃべっている。呆れたようにマックスが
「柿崎くん、もっと落ち着いて食べないと」
と柿崎へ注意をし、輝へ
「一条さんですよね、食べないんですか」
「さっき食べ損なったからこれから食べるよ」
輝は不機嫌そうに答える。柿崎が
「これどこからの差し入れですか」
それに対して輝が
「娘々」
短く答える。その答えに反応してマックスが
「そういえば娘々って、ミス・マクロスで移住CMに出演していたミンメイさんがいる店じゃなかったですか」
「そうそう0GラブのCMも良かったなあ。出発のときに三池さんが話していた子って、もしかしてミンメイちゃん?」
大きな声を出す。輝は
「そうだよ、ミンメイが差し入れを届けてくれたんだよ」
これまた不機嫌そうに答える。するとマックスが
「確か三池さんとミンメイさんって噂になっていませんでしたか。ミンメイさんが三池さんと良く会っているとか、三池さんのところに若い女性が頻繁に訪ねているとか」
「ミス・マクロスの活動を仕切っているのが三池さんで、その三池さんへミンメイが娘々の出前を届けているから」
そんな輝の説明に柿崎が
「やっぱり二人は付き合っているのか。ミンメイちゃん可愛いからなあ」
「なんかミンメイさんって、男と二人っきりで閉じ込められていたという話がありますよね。もしかして三池さん?」
マックスの言葉に柿崎が
「それ本当か」
と叫ぶが輝は
「それは少し違う」
落ち着いた口調で返す。興奮気味に柿崎が
「じゃあ」
と輝の肩を掴んで問うと、輝は面倒そうに
「三池さんとじゃない。三池さんは閉じ込められていた俺たちを助けてくれたんだ」
それを聞いた柿崎が
「俺たち」
重ねて問うと
「三池さんが閉じ込められていた俺とミンメイを助けてくれた」
その輝の答えに、マックスが
「そうなんですか」
何に納得したのか納得したような口調で言う。柿崎は遠慮なく
「でどこまでいった」
その言葉に輝が不思議そうな顔をする。マックスが
「責任取るんですよね」
そう言って輝の顔をのぞき込む。柿崎は
「そうそうあんなに可愛いミス・マクロスだぞ。無責任なことしたら恨まれるぞ」
それから輝の背中を強く叩く。輝は一度むせかえってから
「責任って」
「とぼけるなよ」
柿崎の言葉に輝が
「二人で話したり無重力で遊んだりしたぐらいで何の責任があるんだよ」
そう答えると二人が揃って
「本当に」
と言い、それに
「本当に」
と輝が強い口調で返すと、柿崎は
「何もないのか。となるとミンメイちゃんの本命はやはり」
そこへ扉が開き、三池が男性区画へ顔を出す。
「ずいぶんと元気なようだがどうした」
それにマックスが
「三池さんはミンメイちゃんのことをどう思っているんですか」
ミンメイについて尋ねると
「歌手になりたいと言っているからアドバイスしたりイベントに呼んで経験を積んでもらっているけど。どうした」
その答えに柿崎が大きな声で
「いいです、大丈夫です」
答えるが
「柿崎、別区画とはいえ女性陣もいるんだ。あまり騒ぐなよ」
そう言って三池は男性区画を出て行き扉が閉まる。
「となるとまだ俺にもチャンスがあるってことだな」
そう柿崎が言ってニタニタと笑う。そして端末を取り出し、イベントでのミンメイの歌唱シーンの動画を見始める。輝は驚いて
「何これ」
と尋ねるとマックスが
「ミンメイさんの歌唱シーンが話題となっている拡散してるんですよ」
「知らなかったのか、写真も出回っているぞ」
柿崎が数枚の写真を輝に見せる。

「なんかうるさいわねえ」
そう言った恭子にバルトロウが
「まだ若いから元気が余っているんでしょ」
素っ気なく答える。
「経験のないひよっこばかりだし。そもそも軍の指揮下にないなんて」
恭子が不満を言う。バルトロウは
「貴方、それをわかっていて志願したのではなくて」
「何するかわからない男たちと狭い空間に一緒で気にならないの」
「技術では良くあることだし、三池君がいなかったらこの調査自体が成立しないんだから。彼をリーダーにする以上、若い人で構成しないと」
「それはそうだけど」
「これから忙しくなるんだから早く寝ること。セキュリティも確保してもらったんだし」
「セキュリティっていってもあの男が設定しているのよ。ずいぶんと早瀬中尉は落ち着いていますね」
恭子はバルトロウでなく未沙に矛先を向ける。未沙はそれには応じず
「忙しくなるから早く休みましょう。その前にセキュリティについて改めて確認してきます。先に休んでいて」
そう言って女性区画から抜け出す未沙。

一人で作業している三池が
「これで準備完了」
そう呟くと、女性区画の扉が開き未沙が出てくる。
「何をしていたの」
「言えないこと」
軽く答える。
「私は準備があるから起きてますけど早瀬中尉は休んでもらわないと」
未沙は小さな声で
「他の人の迷惑にならないように」
「では奥に」
そう言って端末を持って司令区画から予備の区画へ移動していく。三池が小さな声で
「でご用件は」
確認すると未沙は
「和史はどうしてプロメテウス基地について詳しいの」
プライベートとして質問していることを理解したようで軽い調子で
「夢の話をしたときに宇宙開発って言いませんでしたっけ。それなら調べていても不思議じゃないでしょ、未沙」
「それでも詳しすぎない」
「正確な情報はもらっていませんが、天体観測の情報に、予算や調達した部材、多少は機密情報が漏れてくるので。それらを組み合わせてですが」
「ではかなりの自信を持っていると」
「まあ。ただ危険なことは間違いないですし、女性区画が必要となったりとやること増えましたが」
「ごめんなさい」
素直に未沙が謝る。
「どうしてもプロメテウス基地に行ってみたかったの」
「話が未沙のいない直に回って来たら良かったのに」
そう言って更に小さい声で
「未沙だけを特別扱いしてはいけないんですが、私の近くにいればなんとかします。ただ私の指示には従うこと、いいですね」
その言葉に未沙が頷く。しばらくしてから未沙が
「プロメテウス基地の資料を見せてください」
「まだ整理中ですから一度休んでください」
「でも貴方は休まないんでしょ」
「慣れてますから。これまで疲労でミスしたことありましたか」
その言葉に未沙が顔を赤くする。
「統合軍の調達や移動状況からプロメテウス基地を推定しているんで計画するのも大変なんですよ」
「経済も詳しいとはね」
「何をするにしても金がついて回りますから詳しくないと」
未沙は苦笑してから
「なんでもできる和史にセキュリティの心配をしても無駄みたいね」
「あの三人から女性陣は守りますよ。あの三人なら年上のお姉さんに、アホみたいなことをしでかさないとは思うけど。ほんと手間が増えた」
「ごめんなさい」
素直に未沙が謝る。三池が
「一休みしますよ。区切りということで食事するかな」
元の司令区画に戻って差し入れを手に取る。
「しっかり食べてね。そう言えば何を食べるの」
戻ってきた未沙が尋ねる。
「さあ。リクエストした記憶もないのになんで娘々から差し入れがあるんだろ」
「貴方がリクエストしたんじゃない」
「想定していない装備の追加でそんな暇なかったですよ。輝くん繋がりじゃないんですか」
「ミンメイさんと話していたようだけど」
「レッスンとかイベントについて質問されたんですが。彼女はスターになれるような魅力があると思いますが、まだ子供でしょ」
三池がそう答えると、未沙にしては拗ねたように
「そうかしらすぐに大人になると思うけど。そうだとしても美人が二人も同行していて嬉しいんじゃないの」
それを聞いた三池は
「手間が増えただけなのに」
と答えると、なんとも言えない微妙な感じで未沙が女性区画に戻っていく。残された三池は
「二人?」
と呟く。

バルトロウが女性区画を出ようとしたタイミングで未沙が声をかける
「どうしたの」
「彼がプロメテウス基地データの確認をして欲しいというから司令区画に行くの」
「私も行くわ」
未沙が答えると
「事前確認だからまだ休んでいるようにって。私と違ってオペレータさんは現地で働いてもらうからって」
そう言ってバルトロウが出て行く。未沙が
「あいつ」
と彼女にしては乱暴な呟きをする。それを聞いていた恭子が
「早瀬中尉にしては珍しいですね」
「起きていたの」
「物音がしましたので」
そう恭子が答える。そして
「一人で何でも進めてますよね。正しいんでしょうけど、なんか」
「私も納得していないわよ」
恭子の言葉に未沙が同意する。そして未沙が
「どうしてプロメテウス基地への調査に同行を希望したの」
「お邪魔でしたか」
「そうではないけど。むしろ女性が増えて彼を説得するいい材料になったし、オペレートする負担も楽になりそうだし」
「それならいいじゃないですか」
「どんな危険があるのか分からないのに、貴女らしくないなあと」
「そんなにリスクを避けようとしていると思われているんですね。なら出世のためということで」
恭子が笑って答える。そして
「なら早瀬中尉は何故」
「危険を承知して同行しているんだから話した方がいいか。憧れていた人がプロメテウス計画に参加していたの。その人は地球への帰還中に突然の事故で死んだというで何も残っていないの。昔からプロメテウス計画については調べていたんだけど、偶然とは言えプロメテウス基地に行けることができるのなら言ってみたいなと。いろいろ迷惑をかけているようだけど」
未沙の告白に恭子は
「憧れていた人って誰ですか」
「フリッツ・フォン・ライバー」
突然の質問に未沙が反射的に答える。恭子が
「叔父さんからのメールにまだエンジニアとしては未熟だけどいい男だってあったなあ。恭子と歳が近ければ紹介したのにって」
未沙が驚いて
「貴女も」
「伯父がプロメテウス計画の参加者でした。井上勝、エンジニアでした。宇宙開発を進めて、恭子が普通に火星へ行けるようにするんだって言ってました。でも伯父の最期は分からなくて」
そう言って恭子が涙ぐむ。未沙は
「ご親戚を亡くされていたのなら私よりも基地へ行ってみたいと思うのは当然よ。だからね無理してでも行きたいと志願したのね」
「はい。中尉が憧れていた人ってどんな感じの人でしたか」
「争いごとが嫌いで星を見るのが好きな人だったわ。なので戦争よりも宇宙基地で観測の仕事をしてるぐらいが自分に合っていると」
「伯父のメールにもそんな同僚がいるって書いてありました」
恭子の言葉に未沙が息を吐いてから
「ライバーからのメールには貴女の伯父様のことは何も書かれていなかったわ」
そう言ってから苦笑する。
「統合宇宙軍に入ったけど何もプロメテウス計画のことが分からなかったのに、マクロスで飛ばされたから基地へ行くことができるなんてね」
「そうですね。私も一緒です。早瀬中尉がいなかったら基地を見ることもできなかったと思います」
「私に感謝しても。するなら調査隊の責任者にしないと」
そう言って未沙が笑う。それに恭子が
「彼とは相性が悪いので、早瀬中尉にお任せします。ただどれだけ情報が得られるのか」
「彼が隠さないように私が見張っているので、貴女も協力してね」
未沙が恭子へ依頼する。


「先行させた無人機からの映像でプロメテウス基地であることが確認できた。近くには敵らしい存在はないからこのまま接近します」
その三池の言葉を聞いた輝、柿崎、マックスの3人は頷くが、呆れたように恭子が
「どんなに難しいことなのか分かっているの。無人機をプロメテウス基地を周回する軌道へ投入するのに芸術的な制御したのよ。こちらの指示には従いなさい」
と男どもに強い口調で言うが輝が
「どうせ三池さんの力であんたは大したことしてないんだろ」
「あなたねえ。上官に向かって」
恭子の言葉に三池が苦笑しながら
「命に関わりますからね、何かあったときには協力してくださいよ」
とだけ言う。未沙が
「これからの対応は」
「観測結果はリーダーが推定したのに近いサイズでした。基地に大きな損傷もなく、お目当ての品も無事そうよ。やっぱり回転を止める必要があるわね」
説明したバルトロウの後に
「まずバルキリーで接近します。罠がないかを確認します。問題があれば早瀬中尉が指揮してマクロスに帰還してください。自身のことだけ考えて全力で逃げること。マクロスへの帰還プログラムは作成済みです。輝くんはバルキリーで、柿崎とマックスはワークロイドで待機すること。女性3人は司令区画で待機してください」
軽い口調で三池が指示する。
「問題なければ基地に接近して制御システムへアクセスします」
「ではそのときには私がワークロイドに乗って協力します」
未沙が答えると三池が嫌そうに
「ボートに残った方が」
「サポートは大丈夫。大橋少尉がいるしバルトロウ技官もいるので。少しでも船外活動経験のある人間がサポートした方が早く終わるでしょ」
「まあそうですが」
不満そうな三池の声を無視するように未沙が
「大橋少尉、連絡がつかなければ最上席士官として貴女が指揮を。バルトロウ技官には船外活動の経験がないから、次に船外活動の必要があれば貴女が対応すること。バルトロウ技官、最悪の場合になった際には判断をお任せします」
と指示をする。

バルキリーの三池から
『見る限り統合軍の装備品ですから問題はなさそうですね。相手が巨人だけなら中に待ち伏せしていることも考えにくいですし』
バルトロウが
「同意。でも巨人だけって」
『得られた外見はほぼ人間のようでしたが。ほぼ似たような外見でサイズが違うというのも。怪しげな技術で大きくなったり小さくなったりできるとか』
「その可能性もありえるわね」
技術の可能性を信じているのかバルトロウは肯定的な発言をするが、恭子は
「そんなことって」
否定的な口調で返答する。三池は
『何事も可能性ということで。いろいろなケースを想定しておいても損はないので』
未沙が
「そちらに行きます」
『了解しました、早瀬中尉殿』
諦めたようにそう三池が答えると未沙が
「では行ってきます。後のことはお願いね」

やや怪しげな感じで1機のワークロイドが基地付近にいるバルキリーに近づいていく。バルキリーからの適切な指示を、残った5人で見守る。沈黙に耐えられなくなったのか柿崎が
『しかしワークロイドの予備を搭載してましたね』
「さすがに武装したバルキリーで運搬作業をするつもりはなかったそうよ」
バルトロウが答える。更にマックスが
『早瀬中尉も始めての実機だというのに操作できていますよね』
「シミュレーターでの成績は優秀だったそうよ。あと悔しいけどバルキリーからの指示が適切というのもあるけど。こちらでサポートする必要がないぐらいに」
『それはそうだろ。三池さん以上のオペレータっているのかよ』
恭子の言葉に輝が嫌みったらしく返す。

「これから基地へアンテナを向けます。以後、しばらく本隊と連絡不能になります」
そう言って三池がワークロイド内の未沙と接触し直接通話に切り替える。そして聞こえるように大きく息を吐く。それに対して未沙は
「指示に従っただけよ」
「近くにいるようにとは言いましたけど、このタイミングで来るように指示していませんが」
未沙は顔同士を近づけるようにして
「ごめんなさい。でもどうしてもすぐに来てみたかったの」
三池は小さな声で
『その言い方は反則』
と呟き
「回転が止まってからと思っていたのですが。それなら普通に遊泳だけでもっと楽に来られたのに」
三池がワークロイドをバルキリーとリンクする設定作業をする。
「誰かが勝手なことをしないか監視しないといけないし。それにワークロイドを操縦できていい経験だったわ。今度練習の協力をお願いね、和史」
「こっちにメリットないような気がするんですが」
「今度貴方のリクエストを言って」
三池は一度不思議な表情をしてから未沙に
「アンテナの切り替え作業をします。ここで待っていてください。いいですね」
そして直接通話を終了する。そして
『無茶なリクエストをしてもかなえてくれるのかねえ』
呟く。

「まだ終わらないの」
「回転しているのよ。近寄るのだって簡単じゃないわよ」
恭子の不満そうな声にバルトロウが答える。司令区画に戻った遠慮のない柿崎が
「そうなんですか」
「そう」
バルトロウが短く答える。バルトロウが落ち着いていることが気に入らなかったのか恭子が
「早瀬中尉が勝手に行ったからじゃないのオペレートするのに神経使っていたみたいだし」
「そんなことなかったわよ。基地の回転を徐々に減らすのも並行して作業していたようなので」
「バルトロウさん、どうしてそんなことが分かるんですか」
マックスが質問する。
「ワークロイドが出てから基地からの徐々に電波が安定してきたの。ということは回転を減らす作業をしていたと」
その答えに柿崎が
「へえ凄いなあ、そんなことまで」
と感心する。
「接近に1時間、調査に1時間、回転制御に3時間、システム制御に1時間と見込んでいたようなのでもう少し待ちなさい」
バルトロウの言葉に、恭子が
「まだまだじゃない」
「そうでもないわよ1時間は繰り上がっているようよ」
バルトロウの言葉にマックスが
「それって凄いんですか」
「とっても。計画を聞いたときに無謀と思ったけど、実際に少ない機材であの質量の制御をこの短時間でなんてね。この様子だとシステム制御に1時間かからないだろうし」
そこに輝から
『いつまでバルキリーに待機していりゃあいいんだ』
明らかに不満そうな声へ恭子が
「あんたは一人しか残っていない戦闘機乗りなのよ。何かあったときのために機内で待機してなさい」
厳しい口調で言うと輝が
『なんで俺だけ』

「開きました。これから全体システムのチェックですかね。5分ほど待ってもらえると」
「呆れた、接続して作業時間は5分よ。貴方にはセキュリティとか関係ないわね」
「どうも」
「次はどうするの」
「システム的に問題がないようなら、カメラとプローブを入れます。その次に人ですかね」
「では私が入ります」
「未沙」
「中で何かあったらバルキリーで対応してもらわないと。となると和史でなく私が入るのが正解」
嫌そうな表情をした三池が
「想定しているスケジュールより2時間繰り上がっていますので慎重にお願いします。では内部調査開始をあちらに連絡します」

「計画を時間通りに完了というだけでもありえないのに、繰り上げるとはね」
『どうも』
バルトロウの称賛に照れもなく三池が応える。
「それで」
『データを送りますのでリニアカタパルトを持って行けるか確認をお願いします』
「人任せにするの」
『今は早瀬中尉が内部捜索中でして。バックアップとシステム情報の吸い上げを優先します』
その言葉に恭子が落ち着かない様子で
「内部の様子は」
『電力不足でシステムの一部が動作しているぐらいかな。放置されて10年になるけど、まあ状態はいいほうかな。観測系のシステムが停止しているから、吸い上げられそうなデータ量はそう多くないけど』
恭子が
「では電力を供給すれば」
そう言うとバルトロウが
「供給できるほどの電力源がどこにあるの。こちらは重力制御に使っているし」
「でも今は制止しているんでしょ」
恭子の疑問にバルトロウが
「基地に接近した際に、基地も含めてマクロスから少しでも遠くにならないように重力制御を行っているわ。それを誰かがリモートでね。基地の質量や軌道とか変動要素が多いのにどうしたらできるのか教えてもらいたいものね」
『基地が予想よりも大きかったのでかなり微妙ですが』
「となると調査時間への影響は」
『概ね想定通りでいけるとは思いますがカタパルト収容作業次第ですかね。そういう意味でも事前準備はきっちりとお願いします。これまで休んでいたようなものだから大丈夫でしょ』
輝がふてくされたように
『バルキリーで待機したままです』
『そうなの。気密区画で待機してもらってもいいけど。持って行くという前提でワークロイドでリニアカタパルトにゴミが付着していないかを確認して』
三池の指示にマックスと柿崎が
「了解」
答える。そして三池が
『では二人のことオペレータさんお願いします』
その言葉とは関係なく恭子が
「内部調査している早瀬中尉の方は」
『こっちとケーブル接続するのを条件に各ハッチを開けていて、ハッチ付近のみを目視確認ですね』
「それじゃあ」
『それほど進展してないと思うかもしれませんが、危険がないことを重視していますから。中に何か仕込まれているかもしれませんし。それに熟練者じゃないので長時間作業させられませんし』

プロメテウス基地内で未沙が
「ここまで来ることができたわ、ライバー」
そっと呟く。そして基地内部を見渡す。

一人になっている三池が
「想定外はありましたが無事に回収成功ということで」
と呟いてからワークロイドの搭載スペースに統合政府のロゴ入りケースを収納していく。作業中にモニタを見ると
「こちらの指示には従っていてくれているみたいで。意外と素直なお嬢さんですなあ」


バルキリーで待機していた輝が
『何適当な指示してるんだよ』
それに恭子が
「きちんと指示しるわよ」
返すが輝は
『あの二人が作業を終えているのか確認しているのかよ。慣れていない宇宙空間なんだ、そんなに簡単じゃないってことはアンタだって経験しただろう』
「でも」
『でもじゃない。いいかこっちはアンタの指示が頼りなんだ、正確丁寧確実迅速に』
「言うわね、新兵のくせに」
『命を賭けているのはこっちだからな。言いたいことは言わせてもらう。それに今回は軍でなく三池さんの指示に従うんだから。三池さんは雑にやれって言ってないだろ』
「収容作業を早く終えて基地の調査をすべきよ」
『それは三池さんが判断することだ。準備作業に問題があると遅れるぞ』
「でも」
『もしかして基地に行くつもり?あんなんで良く行こうと思うよなあ』
「すみませんねえ、教官が下手なので上達が遅くて」
『なにを』
そんな輝と恭子のやり取りを見ていたバルトロウは
『なんか兄弟喧嘩みたいね』
恭子に聞かれないよう呟く。

「収容作業のためそちらへ戻ります」
そう言って通信を切る。そして未沙に向かって
「基地の内部へ進みたいって顔してますけど」
「ここで勝手なことをしたら命令違反になりますので」
「私の方が上官だとか軍の命令に従えとか言わないんですか」
未沙は意外そうな表情をして
「和史の指示に従わなかったら捨てられそうなので」
「そこまで冷酷な人間と思われているんだ。未沙を特別扱いするって言ってたのに」
三池の言葉に未沙は柔らかい感じで
「そうじゃなくて和史が無理しているのを知っているから迷惑かけたくないだけ」
「でも行ってみたい想いはあると。一度気密区画に戻って休んでください。収容作業が順調に進めば時間があるでしょうからまた内部に行きますよ。ライバーさんもいた居室区画へ案内すればいいですか」
「どうしてライバーを」
「軍の資料を見たら早瀬提督の知り合いにライバー家がいるという情報がありましたので。基地関係者の情報は持ってましたし」
「相変わらず凄いのね。なら大橋少尉も連れて行ってあげて。彼女の伯父さんが基地のエンジニアだったって」
「エンジニア」
反射的に出た三池の言葉に未沙が
「エンジニアの井上さん。お願い」
そして
「私またお願いしているわね。そうだお礼にこれから和史の生活をサポートするからお願い」


ボートの気密区画に戻ってきた未沙が
「準備の方は」
「順調です」
「壊れていないし持っていても動作しそうね」
恭子とバルトロウが答える。
「そう。順調に進めばもう一度基地の内部を捜索します。大橋少尉どうしますか」
「同行させてください。ここは私が指示します」
「ごめんなさい。慣れていなくて少し疲れたわ」
未沙の疲れたような言葉にバルトロウが
「そうなの。彼タフねえ」
「三池さん、タフ過ぎるよ。休憩もなしに作業するなんて」
休憩のために戻った輝が言うと
「アンタは待機していただけでしょ」

3機のワークロイドが近くに寄って同調システムの確認をする。近接通話で三池が
「柿崎、何それ」
と柿崎のワークロイド内にある端末を見て声をかける。マックスが
「ほら、柿崎くん持ち込むのは」
慌てたように柿崎が
「これはスペースアイドルであるミンメイさんの映像を宇宙で見る良い機会だと思って」
と素直に語ると、マックスが顔に両手を寄せて呆れたような仕草をする。三池はただ
「軍人さんがいるから見つからないように注意しろ。すべての作業が終わってから、通信切った状態で見るように」
とだけ答える。

3機のワークロイドがカタパルトをボートに寄せていく。
「予想より時間がかかったなあ」
『仕方ないわよ、この人数で作業しているんだから。それにこれだけ持ち出しているんだから十分よ』
三池の嘆きにバルトロウが称賛を返す。
「一度データのバックアップをしたら基地の調査に向かいます。基地内を調査する二人は時間短縮のために私がバルキリーで掴んで行きます。輝くんはバルキリーで基地との間で待機。柿崎とマックスは固定作業を続けてくれ。すみませんバルトロウさん、データの解析ついでに全般的な状況の確認をお願いします」
次の指示を三池がする。

2機のバルキリーが移動していく。それを見ながら柿崎が
「俺も働いていると思うけど、良く働くよなあ」
『三池さんがいるから自分が働いているとは思えないんだけど』
マックスが返すと
『比べる相手が間違っているわよ。早瀬中尉でも凄いのにねえ。貴方たちも働いている方よ』
バルトロウが二人を称賛する。それを真に受けた柿崎が
「そうでありますか。では」
と言うとバルトロウはすぐさま
『その固定で作業は完了でしょ』
『はい、終了しました。我々も協力しなくていいんですかね』
マックスが優等生な回答をする。
『気になるならワークロイドで待機しているといいわ』
バルトロウは
『こちらでデータ解析をしているから、自分で周囲に注意してね』
そう続けて通信を切る。柿崎が
「どうするマックス」
『待機していた方が良さそうだね』
その答えに
「軍人がいなくなったし待機だからミンメイちゃんの宇宙ライブだな」
『柿崎君、端末をワークロイドに持ち込んでいるの』
「当たり前だろ」
そう言って柿崎が端末を取り出し再生を始める。


「仕掛けたプローブの情報から生物反応なかったですね。何かトラップみたいなものがあるかもしれませんが。さて中に入りましょうか」
三池が二人を先導して基地に入る。入った際に恭子が
「少し重力がありませんか、基地が生きているとか」
「それは我々側の重力制御で生じているのよ」
「二人して同じことを確認するんですね。発電パネルからエネルギーだけでは重力制御をするのは難しいでしょうね」
「となると重力制御装置がお目当て?」
未沙が調査の目的を確認する。
「回収するまでの時間はないので基地内を一回りしてみるだけですね。二人は居住区画の確認をするということでいいですか」
「どうしてですか」
恭子の問いに、三池が
「二人とも生存者がいたらいいなと期待しているようだし、そうでなくても居住区画の状況を知りたいでしょ」
未沙が
「お願い。私は見るだけでいいわ。あとは貴方に同行します。大橋少尉は居住区画内に入って確認して」

「ここが居住区画ですね」
三池の言葉に未沙が
「いくつも隔壁があるのね」
「そりゃあ居住区画ですから」
と答え
「システム上、どちらかが閉まっていないと駄目なので注意してください。入りますか」
と女性陣に意向を聞く。恭子はうなずき、未沙は
「貴方は」
「司令区画に行ってみようかと。万が一にも制御できるようなら将来的に活用できるかもしれないので」
「そちらに同行します。大橋少尉、一人になるけど注意してね。ここから動く際には連絡を」
未沙が答え、三池へ先に行くように促す。

一人になった恭子が
「ここまでこれたんだ」
と居住区画の中で呟く。

「居住区画に入らなくて良かったのですか」
三池が未沙に尋ねると
「彼女の伯父さんが住んでいたのよ。彼女を優先すべきよ」
「そうですか」
「それに和史との約束を守っているつもりよ」
何という感じの表情をしている三池に未沙が
「危険に対応するから離れるなって言ってたわよね。大橋少尉を一人にするのは心配だけど。それとも大橋少尉の方が良かったかしら」
前半の言葉に一度は納得した三池が未沙の最後の言い回しにまた不思議そうな表情をする。意を決したように
「子供と未沙なら子供を優先して助けます。大橋少尉と未沙なら未沙を絶対に優先して助けます」
その言葉を聞いた未沙が意外という表情をし、そして少し顔を赤くする。

「お帰りプロメテウス基地へ」
と掲げられた大きな横断幕を見つける。

横断幕の中に伯父のサインを見つけ泣く恭子。

プロメテウス基地の司令区画の中で
「希望を持って任務を遂行しようとしていたんですね」
三池にしては素直な感想を口にする。涙ぐんでいる未沙は
「うん」
とだけ答える。三池はそんな未沙を無視したように写真撮影を行う。落ち着いた感じのある未沙に
「撮りましょうか。ここまで来た記念に」
そう言って宇宙服姿の未沙と横断幕を撮影する。
「バイザーで顔なんかわからないですけどね」
そう言って三池が優しく笑う。

「宇宙空間に響くミンメイちゃんの歌、すばらしいなあ」
そう柿崎が大きな声を出し、手を振る。そのときに持っていた端末や写真を手放してしまう。そのことに焦った柿崎がワークロイドを急に動かそうとするが、間違えて緊急アラートを周囲の機器へ送信する。

「なんだ」
三池がアラームの確認をする。柿崎が原因と気付いて
「柿崎」
と通信を入れるが柿崎は手一杯なのか応答がない。停止していたシステムが急に動作したようで基地が大きく揺れる。更に基地内にでアナウンスが流れる。
『警告、警告、システムに異常発生。居住隔壁を緊急閉鎖します。警告、警告、システムに異常発生。居住隔壁を緊急閉鎖します』
それを聞いてすぐに三池が未沙を掴み
「未沙」
と移動を始める。

恭子は突然の揺れに驚きバランスを崩す。無我夢中で身近にあったものを触ると、それは簡単に割れ奥にあった何かを掴んだ感触があった。自分のバランスを整えるためにそこへ力を入れる。すると
『警告、警告、システムに異常発生。居住隔壁を緊急閉鎖します。警告、警告、システムに異常発生。居住隔壁を緊急閉鎖します』
と鳴り響く。

すぐにワークロイドを動かせない柿崎が
「俺の端末」
と叫び、端末と写真が流れていくのを見る。

「なんだ」
とプロメテウス基地の異常に気付いた輝がバルキリーを寄せる。そこへ通信が入り
『輝くん、輝くん』
「なんですか三池さん」
『基地で異常が発生したようだ。未沙は連れ出せたんだが、まだ中に人が』
「どこです」
『居住区画だと思う。小窓があるところだ。小窓から中を確認してくれないか』
すぐに輝が
「了解」
と応える。輝のバルキリーは基地に近づき小窓を探し始める。

警告アナウンスが鳴り響くなかバランスを取り戻した恭子が足下にある手帳を拾う。その表紙には"井上"と書いてある。
「伯父さん」
と呟くと手帳を読み始める。警告メッセージで
『緊急事態発生。基地要員の不在を確認。情報保全のため爆破モードへ移行』
と流れるが恭子には届かず手帳を読み続ける。

『輝くん、遅くなった。バルキリーへ到着できた』
「何が起こったんですか」
輝の質問に冷静に三池が
『システムが近距離で発生したアラーム電波を自身の問題と誤認して爆破モードへ移行している』
それを聞いた未沙が
『中に大橋少尉が』
その会話をしているうちにも小窓を見つけた輝がバルキリーを覗き込ませる。
「三池さん、小窓を見つけた」
『そっちへ向かう』
「なんか点滅を始めている」
『輝くん、危険だ退避しろ』
『和史』
と未沙が叫ぶが輝は冷静に
「見つけた」
船外服の恭子を見つける。
「これから破壊して救助する」
『近くの無人機を突入させろ』
と三池が具体的な指示をする。輝は無人機のコントロールを引き取ると
「これから破壊して救助します」
と恭子へ通信を入れる。

手帳を読みながら恭子は
「これから本格的な作業を始めるというところだったのに」
と呟いていると
『これから破壊して救助します』
外部からの通信が入る。
「破壊」
そう言った恭子に
『無人機を突入させて壁を破壊します。奥に下がっていてください』
輝が指示すると恭子は
「これは大事な宇宙開発の拠点なのよ、勝手なことしないで」
『こっちだって命かけてるんだ』
輝が強く返事をする。

バルキリーに掴まれている未沙が反対側から機材が飛び散るのを見て
「ライバー」
とそっと呟く。

無人機が突入し壁が破壊され小さな裂け目が作られる。残っていた空気が外部へ流出し一緒に恭子も裂け目から外へ飛び出る。その衝撃で手帳を離し漂流するところを輝のバルキリーが恭子をなんとか掴む。輝はバルキリーを基地から離れるように移動させる。バルキリーの背後に残った無人機がカバーするようについた途端に、プロメテウス基地が爆破する。爆破の衝撃に無人機が巻き込まれるが、少し離れたバルキリー自体は無人機が背後にいた関係で少し揺れはしたが直接的な被害はなかった。


帰還途中のボートに積まれたリニアカタパルトの上で2機のバルキリーが止まっている。そのそばに爆破したプロメテウス基地の方を見ている恭子と未沙がいて、少し離れたところで輝が所在なげに立っていた。


#07 バイバイ 後書き

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