「どうして私って不幸なんだろ」 シャミーが大きな声で叫ぶ。 「こんな宇宙に飛ばされて家族とは連絡付かなくなるし、学生なのに残業までしているのよ。あー、もー」 「E9ブロックまで完了」 「こっちはG8ブロックまで完了。遊んで単位落としたからこんなことになってるんでしょ」 「キムの言うとおり。そろそろ早瀬中尉が来る頃だし」 露骨に嫌そうな表情で 「こずえ、早瀬中尉こっちに向かっているの?」 「もうそろそろじゃないの。早瀬中尉のことだから」 「シャミー、早瀬中尉に怒られたくなかったら仕事仕事」 「でもキム、早瀬中尉って酷くない」 「あんたどこまで誘導できたのよ」 キムがシャミーの進捗を確認すると 「まだE5ブロックじゃない。本当に早瀬中尉に怒られるぞ」 「はーい」 と言ってシャミーが避難民の誘導を再開する。 緊急事態ということもあり、使える人間を総動員して避難民をセンターブロック内の住居へ誘導していく。その誘導に学生とはいえオペレータースキルのある士官候補生達が動員されている。 少し落ち着いたのかこずえから 「早瀬中尉にしては遅いですね」 「早瀬中尉は働きすぎよ。睡眠不足は肌に良くないし、髪の手入れとかすることいっぱいあるのに」 そんなシャミーの言葉にキムが 「分からないではないけど、早瀬中尉にしてみれば軍の対面ってものもあるから民間人を見捨ててというわけにもいかないんでしょ」 「お父様が統合宇宙軍の提督ですしね」 「軍に知り合いが大勢いるだろし、首席というエリート士官だしねえ。民間人を見捨てたというのは」 「その割に早瀬中尉は民間人とあまりコンタクトしていないよね」 シャミーの疑問にこずえが 「艦長が三池さんにあまり表に出さないようと言っていたのを聞きました」 「ずるい」 「私もそう思ったのでクローディアさんに聞いたんです。そうしたらこの状況で提督の娘というのが知られたら、彼女にどんな災いが起こるかわからないでしょって」 「なるほどねえ。提督の娘っていうのも大変だなあ」 こずえの言葉にキムは頷くが 「うん、キムには関係ないよね」 シャミーが返すと 「こら」 とキムがにらみつける。シャミーは気にした様子もなく 「でもでも、民間人の前に出られないなら早瀬中尉は地球との通信回復作業に専念してもらえばいいじゃない」 「確かに」 「そうですよね。確かに長距離通信用機器に問題があるけど調整する技術者はいるんだし」 キムの同意に、こずえも頷く。すると奥から 「地球が長距離通信に応答してくれればいいんだけどね」 その声に慌ててシャミーが振り返って 「三池さん」 大きな声を出す。大声を気にした様子もなく三池はデスクワークを開始し 「作業チームが落ち着いているようだから、区画割り当てとローテーションを作成する間は休んで待っていて」 三人に指示をする。変な空気に耐えられないのかこずえが 「早瀬中尉遅いですね」 「早瀬中尉は艦内視察の報告中。アホな上司の無茶ぶりに困っていたからもう少し時間かかると思うよ。内部にある正体不明なものをすべて処分しろとか。植物だって艦内のシステムに関係しているのかしれないし」 続けて 「その上司は作業現場に異動するから大丈夫」 その言葉にキムが 「なんで三池さんがご存じなんでしょうか」 丁寧に質問すると、あっさりと 「使えないからね。この緊急事態でもメンツがとか階級がというだけのスキルの無い人はね。早瀬中尉が3回説明しても従わないのは肉体労働現場へ飛ばすようにしてるから」 と答える。空気を読まずにシャミーが 「どうして飛ばされるんですか」 その言葉に 「マクロスのどの区画に何があって、何を制御しているのかを理解している?」 尋ねるような表情をした三池は続けて 「一人しかいない管理人に逆らうほど愚かな人っているのかなあ。いきなり真空になっても困るよね。少なくとも艦長は状況を理解していると思うけど」 三人は固まり 「早瀬中尉が管理人にどう思われているのか理解しているのかなあ。早瀬中尉が大事にされているなら、その早瀬中尉が可愛がっている後輩も大事にされると思うんだけどねえ」 三池が笑った顔を三人に見せる。 少しして作業を終えた様子の三池に恐る恐るキムが 「終わりましたか」 尋ねると三池が頷く。それにこずえが 「お早いですね」 丁寧な言葉で答える。三池が 「上下水道に空調が完備した物件なんで、清掃ぐらいで済んだからね。個別の住居に用意されているのではなく全体システムなんだけど、問題なく動作してくれないと困るしね。艦長も緊急事態ということで了承してもらったし。一部には問題はないのかと気にする声もあったけど」 やや呆れたような表情をしてから 「区画で昼夜を再現できるし個別に照明や家具もあるし整備すれば調理系システムや放送システムも転用できそうだから、地球上の平均的な物件よりは住みやすいのでは。たしかにデザインは未来的というのかな、確かに馴染みがないからストレスになるのは心配しているけど。その対策として中央部には島から建物を移築してそれまでの街並みを再現して安全感を感じてもらうぐらいしかないかと」 シャミーが 「でも連絡が」 艦内での連絡のことと思ったのか 「さすがに携帯電話システムを再構築するには機材がなくてね。そもぞも既存端末の情報もないし、新規に端末を用意もできないし。備え付けの通信システムを流用して、各ターミナル経由で呼び出すことで我慢してもらうしかないねえ」 シャミーは 「えーと」 そんなシャミーの言葉を遮って、こずえが 「そういえばマクロスの居住区って上の方向が同じですよね。重力制御があるから上下なんて気にしないと思うのに」 三池は 「それほど大きくない船だから、長距離の移民船というより輸送船だったんじゃないのかな。最後に惑星に降下することを考えてだと思うよ。もちろん移動中に重力制御システムの故障や、天井に人が見えることによる精神的な影響、階層表示の複雑さを避けるために、意図的に上下を決めている部分もあると思うよ」 説明をすると 「こちらが終わったのに引き留めてごめん。次の直までしっかり休んで。早瀬中尉も休ませるために連れていってね」 と明るい笑顔で命令する。その言葉にキムが 「三池さんは」 と尋ねると 「ここで作業指示」 と答える。シャミーの 「まだ仕事されるんですか」 悲鳴にも似た声に 「いっぱい残っているしね」 こずえが 「おひとりで?」 の問いに三池は頷く。キムが 「三池さんって、正規オペレータの中でも優秀なヴァネッサさんや恭子さんどころか、一番優秀な早瀬中尉でもかなわないって聞きましたけど」 噂を口にするが、当人は笑いながら 「できることをするだけだから」 三人で顔を見合わせ 「失礼します」 声を揃えるが三池が 「そうそう地球から応援がすぐに来ないから連絡を重視していないのは事実としてあるんだけど」 詳細を説明する 「艦内に地球までの大出力通信できる設備がないんだ。よほど進宙式を急いだのか、地球近辺で作業するつもりだったのか。あと地球からこちらを捕捉できていないだろうから、通信を受信できているのか望み薄ということもあってね。アンテナに指向性があるということは理解しているよね。地球はこちらの位置を把握していないだろうから、微弱なマクロスからの電波にアンテナを合わせられることができるのか。なにせ10年前に軌道を大きくそれたプロメテウス基地との通信も回復していないんだし」 その説明で3人は厳しい現状を理解し、住環境を整備した最大の功労者がいなければどうなっていたのかを改めて認識する。そして続けられた 「早瀬中尉のことお願いね」 という言葉に士官候補生達は返礼して実力者の前から退出する。
SideStory #02 住処 後書き Side Storyに戻る