「勤務明けにすみません」 と室内に入った早々に頭をさげてくる。それに対して 「使えるものはなんでも使う人でしょ、貴方は。だから気にしていないわ」 というクローディアさんの言葉に、三池氏は恐縮したような表情を見せる。クローディアさんに説明もなく連れられてきた私が用件を聞くしかないようなので 「なぜ私たちなのですか」 質問をする。その言葉に 「早瀬中尉からの推薦、紹介でして」 彼にしては歯切れの悪い返答をする。クローディアさんはそんな彼の反応よりも 「そういえば未沙は」 この場にいない同僚の確認をする。少し安心したように三池氏は奥にあるパーティションで区切られた区画を示す。クローディアさんがその区画を見に行こうとするので、一緒に私も見に行く。そこにはゴーグルをしたままの早瀬中尉が小さな寝息をたてている。私は驚き声をあげ、そして反射的に口に手をかざす。落ち着いた様子でクローディアさんが 「また無理をしたのね」 と軽く三池氏を睨む(そのときはそう思った)。それを気にした感じもなく 「いろいろと作業されていましたからねえ。そんなときに専門外の整備手順動画を見ればねえ」 「で、未沙がそのままウトウトと」 「2時間ぐらいですかね。心配されないんですか」 「何を」 「何をって」 「貴方を相手に心配しても無駄だし、何かあれば未沙が言ってきているわ」 その会話を呆然としながら聞いていると 「未沙が興味を引くような動画ねえ。マクロス関係のことなら未沙以上に詳しい人間なんていないわよ」 「センターブロックの新作動画ですから」 「貴方作の」 「そうですね」 「それじゃあ未沙も休むとは言えないわね。自分以上に働いている人間がいるんだもの」 寝ることを忘れた鬼と噂されている早瀬中尉だが、マクロスのほぼすべての仕事をしていると噂される人間とまともに付き合うこと自体がおかしいのではないかと思うが。で一番寝てない男が 「センターブロックの情報はありませんからね、誰かが作らないと。最低限の整備動画を作成してチェックしていたんですが、自分もチェックすると」 「起こさなくていいの」 「こちらの用件は人間的な要因が多いので、早瀬中尉にはそちらから説明してもらってもいいですし」 「未沙にも事前説明していないと」 「まあ」 二人の間ではこのようなことがあったようだが、早瀬中尉が疲れて寝ている姿を人に見せているという衝撃から立ち直れず会話に参加できないでいるとモニターの呼び出し音が響く。 『三池さんか、すまんすまん。つい整備に夢中になってな。遅れてすまない。で、今からそっちに行けばいいのか』 「ロイ、失礼じゃないの」 と挨拶もなしに用件を伝えたフォッカー少佐をクローディアさんが叱る。気にした様子もなく 「これから微妙な話をするところなんですが」 『なんだなんだあ、クローディアと微妙な話。それはイカンそっちで話を聞くぞ』 「ちょっとロイ」 クローディアさんが抗議する前に通信が切れる。 「聞きたいということですから一緒に説明します。用件は同じなので。で少佐が来る前に早瀬中尉を部屋へ連れて行ってもらっていいですか」 苦笑しながら三池氏が 「誰か女性にお願いしないといけないところでしたし」 と続ける。 「これから少佐が来られるのに」 「エースの少佐でも音速では来られませんよ。先に来られたら別の話をしてますよ。それよりは早瀬中尉にゆっくり休んでいただかないと。早瀬中尉も少佐に寝顔を見られたくないでしょうし」 納得したようにクローディアさんが 「そうね。ヴァネッサ、手伝って」 と答えたので、一緒に早瀬中尉を運び出す。 早瀬中尉を自室に寝かせて戻ろうとすると、途中の通路で少佐と出会う。少佐から 「いよ美人なお二人さん。今日も美人に会えるとはついてるねえ」 といつものように挨拶なのか分からない言葉をかけてくる。 「そういえば部屋にいたんじゃなかったのか」 少佐にとっては当然な疑問を口にするがクローディアさんが 「先に頼まれごとをしていただけよ。それよりも何かしらね」 思い浮かばなかったので 「さあ」 と答え、先に自分で扉を開けて二人を誘導と思ったが想像もしていない光景に一瞬固まってしまう。 マネキンやハンガーによって多くの衣料品が並んでいる室内で三池氏が 「こちらの商品の感想をお願いしたくて」 追加した衣料品を並べながら我々三人に言葉をかける。少佐が 「なんだあ、この見慣れないやたらと反射しているのは」 「やはりそうですよねえ。で女性の意見は」 感想を予想していたのか私たちに確認してくる。 「趣味じゃないわ」 私もフィルム生地のようで光を反射しているので 「少し派手じゃありませんか」 感想を言う。 「ですよね。正直な感想で助かります。あとヴァネッサさん、私の方が年下ですから遠慮なさらずに」 と笑いながら返してくる。確かに彼の方が年下とはいえ、センターブロックの管理人で、艦長へ提案という名の命令をしている人間をどう扱うべきかぐらいは知っているつもりだ。あのシャミーでさえ、士官候補生達で彼と一緒に避難管制をして以降、三池氏の言うことには疑問を挟まず従っているというのに。 「で、珍しい衣装を並べているけどファッションショーでもしようというのか。そりゃあマクロスには美人が多く乗り込んでいるからモデルで盛り上がるだろうけど。それにしてはもっと衣装が小さいほうが盛り上がらないか」 「ロイ、なに呑気なことを言っているのよ」 いつもの調子で二人の掛け合いとなる。そこに割り込むように 「ファッションショーもいいですね。ただその前に、これが実用となるかの評価をいただけると。実用として問題なさそうなら宣伝も兼ねてファッションショーの開催は意義がありそうですね」 思いも寄らぬ提案があったという感じで三池氏が感心している。 「これを実用ですか」 と尋ねると間髪入れずに 「そう」 そして彼が説明を始める。 「マクロスは孤立してしまったために、空気水食料のすべてを自給する必要があります。幸いなことに空気と水は、センターブロックのシステムを利用することで問題は解決しました。よく分からないものを信頼していいのかは別ですが」 「確かにそうね」 同意したクローディアさんに続いて、少佐が 「おい、そういえば食料はどうなるんだ」 と心配そうに口にする。疑問には思っていたけど口にしていけない感じの質問に、あっさりと答えが返ってくる。 「現時点ではマクロス艦内や一緒に飛ばされてきた倉庫から供出してもらってます。残りはそう多くないですけど」 少佐が 「おい、それで地球まで大丈夫なのか」 と強い口調で反応をしてくるが、クローディアさんは気にしていない様子で少佐を見ている。なので私も黙っていると、三池氏がゆっくりと我々の顔を見回してから 「女性陣は落ち着いてますねえ。もちろんそれだけでは足りませんよ。なので」 「よく分からないものを使うと」 「正解」 クローディアさんの言葉を三池氏が即座に判定する。 「クローディア、知っていたのなら説明してくれてもいいじゃないか。俺だけが間抜けになったじゃないか」 少佐が抗議するが、 『少佐だけでなく私も間抜けの仲間です』 と聞こえないように呟く。しかしクローディアさんは 「私もロイと同じ間抜けよ。ただ未沙が悩んでいないようだったから、彼が何とかしてるんだろうと。そう思ったから彼の言葉を繰り返しただけ」 一人に丸投げしている現状を口にする。一人に丸投げしていることに三人の気が重くなるが 「センターブロックが移民船の一部らしくて良かったですよ。重力、空気、水、住居だけでなく、食料や消耗品の物資もなんとかなりそうなので。システムが分からないというのと、長らく使用されていないというのが心配ですが」 と軽い口調でセンターブロックの管理人が答える。そして 「食料の方は健康問題があるので、結論はもう少し先になりますね。まあ選択の余地はないんですけど。で先に衣類の方から片付けようと。下着もそうですが、活動する上で作業着やら船外服やらは新品が必要になりますから。で今回は早瀬中尉に話の分かりそうな大人をお願いしたんです」 その説明に少佐が 「なるほどなあ。で早瀬は」 「早瀬中尉はお休みになられています」 と答えると 「首席の早瀬がか。さすがの鬼も寝るときはあるなあ」 と少佐が笑う。それに 「鬼というのはちょっと酷いのでは。でも任務には厳格で冷たい対応していることも多いようだから"氷の女王様"とか」 別のあだ名をセンターブロックの管理人が提案すると 「確かに」 少佐は笑いながら同意する。 「有機物から衣料品を作ることは可能そうなのですが」 説明の続きが始まる。 「原材料を作成して糸にして布にしてという加工行程があるので実現までには時間がかかります。合成繊維もリサイクルとして今すぐ大量に集まるのは期待できないですし。皮素材も事情は変わらないですし」 と優秀な説明員が一呼吸いれたタイミングで 「あの」 と声を出す。 「どうぞ」 「質問なのですがリサイクルということは古着ですか」 本筋とは関係のなさそうな質問かと思ったのに、即座に 「古着もあるでしょうけど、ここで言うリサイクルは素材レベルのものです」 どうもその質問を待っていたようで 「利用できる怪しげなリサイクルシステムで、鉄、プラスティック、紙という素材レベルで分別できるから素材としても再利用しようかと。特に石油由来の素材なんて手に入れることが絶望的ですし」 あっさりと回答し、彼はボトルに手を伸ばす。回答内容に感心したが、それよりもこれだけ優秀な人とずっと一緒なんて早瀬中尉は疲れないんだろうかという思いの方が強かった。 「となるとよく分からないシステムで作られるよく分からない素材ですが、体内に直接摂取しない衣料品に使うぐらいなら問題ないかなと。そうは言っても着用してみての感想も大事ですから」 「私たちに評価をと」 クローディアさんの言葉に肯いて衣料品を持ちながら 「これは特殊なポリマー素材なんですが、とても加工がしやすくいろいろな形状にすることができます。素材には柔軟性を持たせることも可能ですし、厚くすればかなりの丈夫さを確保することもできます。ただ素材からくる冷たい肌触り感やフィット感が問題で下着には利用できそうにないですね。色については塗料を混ぜているので微妙な色合いを出すのが難しいのと、どうしても反射が強くなるので安っぽい感じになります。長期的には改善できるでしょうけど。となると制服や作業着や、強度を高めて船外服に利用するのがいいかなと」 そして並んだ衣料品を指し示し 「どうぞ試着をして感想を」 事実上の命令を三池氏がする。 「今すぐ着ろと」 少佐の言葉には 「用意した服のデザインや色は好みもあるでしょうから、お好きなのを持ち帰って各自の部屋で試着していただければ。服は無償提供します。この部屋はサンプル衣料品置き場にしますから、いろいろな人に試してもらえると嬉しいですね。それにここで着替えるのは問題になりますよ少佐」 と笑って答える。その言葉を聞いたクローディアさんは衣料品を選び始める。試用するだけでなく私たちから後輩に試すように言えということですね。だから士官候補生達でなく私たちに話をしていると。先を見据えているであろう天才が 「制服は加工する上での制約条件を伝えてデザインを公募して投票してもらうのがいいかなと」 「勝手なことをして問題になりませんか」 という私の確認は、予想していたようで即座に 「あくまでも現地緊急調達の代用品ですので。あと少佐、船外服の実地試験に協力お願いします」 「わかった」 「助かります。適任者がいなければ早瀬中尉がやると言いそうなので」 「未沙に危ないことさせないでね。ロイ頼んだわよ」 と男達にクローディアさんが指示する。少佐が 「しかしなんとも色気のない服だなあ」 という感想に対して 「プラスティックの代用として小物として利用することも考えているぐらいの素材ですからねえ。改善が進めば発光させたり色を変えたり、瞬時に形状を変えたりできるようになると思うのですが。それを何に利用するかと言われても、コンサートの早着替えとかですかね。ミンメイさんがコンサートする頃には実現できるかな」 素材の可能性を説明する。問題だらけなのに、もうそんなことまで考えているの。ポジティブで技術力と実行力のある天才だと思っていたけど、この短期間でどんな未来を思い描いているのやら。で何を思い描いたのか少佐が 「ステージ上で早着替えよりも裸になった方が盛り上がるんじゃないのか」 その言葉に 「ロイ」「少佐」「少佐」 と三人の呆れた言葉が重なる。
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