町崎健一の日常は優雅に始まる。人よりもゆっくりと起き、用意されている食事を時間をかけて食べ、公園で散策をし、ベンチに座って身を委ねる。 しかし町崎健一は怒っていた。どのくらい怒っていたかというと、無意識にその怒りが声として漏れてしまうぐらいに。 「あいつら俺が仕事していないと非難しやがって。仕事していなくたって飯ぐらい食わせろ」 と彼にとっては当然の、他の人にとっては理不尽ともいうべき内容で怒っている。その異常さに彼が座っているベンチの周囲から人がいなくなる。そのことに気付くことなく復讐すべき相手のリストを作成する。人だけでなく、幼い頃に近所で飼われていたペット、果ては自動販売機までと長いリストを作成していたので、怪しい町崎を知らない新たな人々が公園にやってきたようだ。 「ラッキー、ベンチが空いてますよ」 と特徴ある高い声がしたので町崎が声の方を見ると、いくつもの原色を組み合わせたハイセンスなファッションをした髪の長い北欧系の幼い子が近くのベンチを指し示している。センスのいいTシャツにショートパンツを組み合わせたアジア系のショートカットの子がその外見に似合った話し方で 「あんたねえ、公園で大声出すんじゃないの」 たしなめる。胸元が大きく開いたブラウスとロングパンツをぴったりと着こなした眼鏡のフランス系女性が 「そうね、せっかくの公園なんだから優雅に過ごしましょ」 と落ち着いた感じで続ける。レースがいっぱい付いたワンピースを着た近所にいれば評判となりそうな普通に可愛い子が 「みんなで座りましょ」 とボーイッシュな子にきつく言われてめげている北欧系の女の子の手を取り座る。ゆったりとしたジャケットにブラウス、スカートを着た日本美人が見とれるぐらいの所作で座り 「みんなで座れてよかったわね」 と微笑む。しかし不満そうに 「大勢で公園って」 と楽しくなそうに普通のブラウスとタイトなショートスカートを着た冷たい感じの美人が呟く。それをモノトーンでタイトなワンピースを着たスタイル抜群な黒人女性が 「珍しく一緒に時間が空いたんだからいいんじゃない」 となだめる。 町崎はその7人から誰を選ぶか考えて、日本人なら日本人らしい二人のどっちかだなと。まあ普通に可愛い子も悪くはないが、年上らしいが所作がきれいな彼女が一番だなと結論付ける。 しかし厳しい鑑定眼をもって”美の守護者”を自任している町崎健一にとってもそう見ることのない7人ではあった。身長やスタイルも含めて差を付けることは可能なものの、明確な優劣ではなく各人の好みで一番が決まるというぐらいのレベルで7人が揃っている。 進宙式に派遣されたコンパニオンかなと思っていると、町崎健一の苦い過去が呼び起こされる。 「進宙式のコンパニオンと言えば、俺がした質問に適当な返答をしやがって。あいつら何も知らないのか、それともただの役立たずか。明らかにやる気ないだろ。それにこの7人よりレベルは下だったぞ」 と明らかにコンパニオンが相手を見て常識な対応をしたと思われることに不満を呟く。幸いにもというべきか7人のところまでその声は届かなかったようで、楽しげに会話をしている。 町崎が気を取り直してその会話に聞き耳をたてると 「そうそうマックスくんだっけ、可愛いし格好いいよね」 と北欧系の子の言葉に 「今回の新入りの中では一番かな」 とショートカットの子が続ける。普通に可愛い子も 「実技も優秀らしいですし」 「まだまだよ」 と先程不満を言っていた冷たい感じの美人が一刀両断の評価をし 「そもそもあの一条が隊長なのよ。使えるようになるのやら。世も末だわ」 と更に別の人間にも不満を述べる。それを聞いた黒人女性が 「あら、ロイはみんな優秀でいい子って言ってたわよ」 「いい子って、あんな無礼な一条が」 と目尻を上げて更に不満を述べる。どうやら個人的な恨みがあるようだ。おばさんとか相当失礼なことを言われたのだろうか。眼鏡をかけたフランス女性が 「でも艦内からの募集ですから、どうやっても人数も質も厳しいですよね」 とマクロス艦内にしか人がいないことによる厳しさを語る。 それを聞きながら町崎は 『そうだ。そんな厳しい状況なのに何故俺を使わない。一度システムのクラッキングに失敗してシステム全部消去してしまったが、システムに精通した優秀なこの俺を』 というが、マクロスという閉じた空間でどんなシステムを消去したのか、そしてどんな影響が出たのかを考えると不安になる。 『俺がビデオ監視システムをきれいに消去したおかげで記録に残らず、捕まらないぐらいに優秀なんだぞ』 そもそもどこが優秀なのか、そして何故ビデオ監視システムをターゲットにしたのか。女性のあらぬ姿でも見ようとしたのではないだろうか。おそらくそうに違いない。大丈夫かマクロスは。 町崎は大きく伸びをしてベンチの背もたれに体重をかけるがその力で背もたれから後ろに倒れ、町崎は後ろに転がり、転がり続けて小さな池へ落ちる。池とは言っているが水たまりともいうべきレベルなので浅く、町崎は大した怪我もなく濡れただけだった。ただ情けなくなった町崎は泣き出す。 泣き声を聞いたのか所作の見事な日本美人が席を立って池の方へ向かっていく。他の6人も不思議そうに追っていく。日本美人は町崎へ寄っていきバッグから何かを探しているようだ。そのうちに他の6人も追いつき、何をするのか注目しているとハンカチを見つけて取り出す。彼女はハンカチを見て少し躊躇したような表情を見せるが、それでも泣きやまない町崎へハンカチを差し出し 「男の人が泣いては駄目ですよ。良かったらこれ使ってください」 と言う。それを見ていた北欧系の子が 「こんな泣いている奴には投げて渡せばいいんですよ」 と冷たく言い、それにショートカットの子が 「そうそう」 と同意する。冷たそうな美人が 「泣くなんて男のクズ。渡す価値もない」 と言い捨てる。町崎が受け取れずにいると、ハンカチを差し出していた彼女は 「さあ手を出して使って」 と受け取るように言う。町崎は泣きながらもゆっくりとハンカチを受け取る。それを見ていた普通に可愛い子が 「なるほどこういうことをすると、男の人って感動して陰で泣いちゃうんですね」 と感心していると眼鏡をかけたフランス女性が 「まあ指示でも男を泣かせてるけどね」 といたずらっぽく笑う。その言葉が何故面白かったのか町崎には分からなかったが女性陣は全員笑い出す。そんな中、恥ずかしくなった町崎は走り去って行く。 町崎はハンカチを握りしめながら 「クソ女どもが」 と罵りながる走る。しかし止まって、Mと刺繍の入ったハンカチを見ながら 「女神様」 とうっとりとした表情を浮かべたかと思うと、「えへえへ」と気持ち悪く笑いながらハンカチを頬ずりし始める。 町崎健一はマクロスで仕事をすることになった。その結果、あっさり女神様に似た人を見つけることができた。彼女はコンパニオンやモデルではなく、軍人であり何故か”鬼より怖い”と呼ばれ恐れられている。不思議に思った町崎は本人に会って確認する機会を待っていた。 いつものように怒られてサボるためにエレベーターを往復している町崎。一番下に着いた時に、未沙とブリッジでの実習をする真島香奈の二人が乗り込んでくる。一度エレベータを出ようとした町崎は『女神様』と思い、エレベータへ戻り乗り込もうとする。それを二人が厳しい視線を向け、未沙が注意しようとするが 「待って待って」 と大きなきな声を出しながらドタドタと騒々しく柿崎も乗り込んで扉が閉まる。柿崎は 「いやあすみません。早瀬中尉、香奈ちゃん。お二人ともお綺麗で」 と下手なおべんちゃらを使い、二人を呆れさせ、町崎を苛立たせる。町崎はハンカチを取り出し床へ落としていると、エレベーターが止まり扉が開く。二人が出て行こうとするタイミングで町崎が 「あの」 と情けない声を出したので未沙が 「貴方話せるのね。エレベーターを折り返して何をしているの」 と”鬼よりも怖い首席”が強い口調で叱責する。それでも町崎らしくなく勇気を出して 「ハンカチ」 と町崎らしく怯えながら、精一杯の力を振り絞ってハンカチを指し示す。未沙は視線をそちらへ向けるが直ぐにフロアの方を向いて 「そんなハンカチなんて知りません」 と強い口調で言い、香奈とエレベータを出て行く。 「早瀬中尉、あの町崎って」 という香奈の声が、扉が閉まったことでエレベータ内には途切れる。 「そうか町崎というのか。早瀬中尉か香奈ちゃんのどっちがタイプだ。ただ早瀬中尉は三池さんがいるから相当厳しいぞ」 と空気を読まず気楽に声をかけて「がはは」と笑う柿崎へ 「うるさい」 と言って崩れ落ちて泣き出す町崎。 ブリッジで端末の実習をした香奈への評価をした未沙に、キムが 「早瀬中尉、憲兵隊から協力の要請です。香奈ちゃんと一緒に憲兵隊室へと」 それを聞いて表情が暗くなる香奈。そしてシャミーが 「早瀬中尉」 と心配そうな声を出す。 「憲兵からの要請ですか。何をしましたか」 と何かを含むような感じを込めて恭子が言い、さすがのクローディアも 「未沙」 と心配そうに聞くが、心当たりのない未沙は 「協力しないとね。真島さん」 と言って香奈を連れて憲兵隊室へ向かう。憲兵隊室には柿崎もいて3人で事情調書を作成するとのことだが3人での共通項が思い浮かばず未沙が意図を尋ねるが、質問者の憲兵隊長で笑わぬ死刑執行人と噂される加藤正義中佐が 「いろいろとありまして。質問に答えて頂けると助かります」 と無表情との噂と違って柔らかい感じで応対してくる。話すことのないエレベータ内での出来事を確認した後に、各個人のことについても質問してくる。3人に平等にということではなく未沙への質問が多かった。明らかに尋問でなく、単なる聞き取りが終わる。躊躇しながらも未沙が 「エレベータで何があったのでしょうか」 と尋ねるが加藤中佐は 「機密事案です」 としか答えない。それでも未沙にしては珍しく 「では」 と弱い感じで何かを聞こうとするが、加藤中佐は 「次がありますので、もう終わりで結構です」 と3人が解放する。解放され憲兵隊室を出ると未沙が 「柿崎くん、あの後エレベータで何があったの」 と柿崎へ尋問を開始する(柿崎によると憲兵よりも口調が厳しかったと) 「二人がエレベーターを降りられた次の階で3人の憲兵が乗ってきて、泣いている町崎ってのを連れて行ったんです。それをボケっと見てました」 「連行された」 と未沙が不思議そうに呟くと 「はい、そういえばエレベータ内に落ちていたハンカチも一緒に回収していったな」 と尋問に答えると、偶然通りかかった輝が 「柿崎、何したんだ」 「隊長、俺何かしましたか」 「三池さんから伝言。高級ステーキハウスで熟成肉があるけど期限が迫っているから食ってこいって。特に柿崎、お前をご指名だ」 「やったあステーキだ」 と能天気に喜ぶ柿崎と、”なんで三池さんが柿崎に肉を”と腑に落ちない表情をしている輝と香奈、そして困ったような表情をしていた未沙がいた。 「うん、旨い。ステーキはこのぐらいのボリュームがないとな」 と輝やマックスの倍もあるサイズを食べてご満悦の柿崎。 「お前なあ」 と輝が呆れ、マックスも 「柿崎君、三池さんがこんなに上質な肉を用意してくれたんだ。旨いとサイズが大きかっただけじゃなく、きちんとお礼の感想を言わないと」 とアドバイスするが目の前のステーキに夢中で聞こえている感じはなかった。後日、三池へ”旨い”と”大きい”としか報告しなかったとのこと。そんな幸せな一日の絶頂に柿崎が一言 「そういやあ、あの町崎って」 と心配してもらえただけでも町崎にとって幸せだったのでしょうか。 その頃、 「ビデオ監視システムへの介入だけでなく、不自然なエレベータの利用といい、軍のエリート士官である早瀬中尉に何かの目的を持って近づいたのではないのか」 と加藤中佐自ら町崎健一を厳しく尋問している。憲兵隊のトップである加藤中佐が関係者から直接尋問をすることは珍しく、隊員達にとっても重大な事案に町崎が絡んでいると思っていた。既に町崎の仕業と判明しているビデオ監視システムへ不正アクセスしようとした人間は皆重罪とされ、また異星人のシステムを長時間解析して作成したレポートを瞬時に否定を証明され技術スキルの差を思い知らされるという技術者としての屈辱も味わっていた。さて町崎への処分はどうなるのかと話題になっていた。 その町崎は 「エリート士官。怖かった」 と答えたが、拘束された恐怖もあってか泣くことが多くまともな返答をしていなかった。 「では、エレベータ内にあったこれは」 と加藤中佐がハンカチを見せる。町崎は突然興奮して 「女神様からもらったハンカチ」 と叫び出した。それを見ても表情を変えること無く加藤中佐は 「Mと刺繍が入っているが、町崎のMかね」 と聞くが、町崎は泣いて 「女神様からもらったハンカチ」 と繰り返すだけであった。何かを悟ったのか加藤中佐は 「マクロス艦内で女神様からもらったようだね」 と言ってかすかに口元を緩めてハンカチを町崎に渡した。町崎はハンカチを大事そうに身体に寄せる。同席していた憲兵が加藤中佐の行動に驚くが、何も言わずにいた。 加藤中佐は 「そう言えばエレベータで一緒だった早瀬中尉だが、彼女の父上は軍の幹部で反統合軍とも何度も戦っている。多くの敵を殺しているから、新たに敵が死んでも何の感想も持たないだろう。もちろん大事な娘さんに何かをしようとするような男は敵だろうが。まあ彼女も任務一筋だし、エリートと付き合っているらしい。問題児なんぞには目もくれないし、むしろ厳しくするだけだ。女神様とは大違いだな」 と言う。それを聞いた町崎はハンカチを抱えながら 「女神様じゃないのか。女神様はどこ」 と泣き続けている。 町崎にとっては、以前の悪事が判明して連行され、女神様に叱られ、女神様ではないと否定され女神様が想像の世界に行ってしまうという不幸な一日であった。 一日の終わりにブリッジに通信が入りキムが受け取る。その間に再びフリッジに戻ってきた香奈が 「早瀬中尉は食事会を欠席ですか」 「今日は食事を作らなければいけない日で、もう食材もお願いしてしまったの」 と未沙が答えると、シャミーが大きな声で 「早瀬中尉、食事作るのが多くありません」 と質問するが、キムが 「早瀬中尉、加藤中佐から連絡です」 と憲兵隊室からの通信を取り次ぐ。未沙はシャミーの質問を無視して通信に出る。通信相手は加藤中佐からであった。 「早瀬です。何でしょうか」 「早瀬中尉、最後に何か質問をしようとしていたようだが」 「機密案件というのに質問しようとして失礼しました」 「では私から一つ確認してもいいかね。エレベータでの話を聞いたが、そのエレベータにMの刺繍の入ったハンカチが落ちていたのだが、君も真島君も名前にMがあるから関係がないかの確認をさせてもらえないか」 と加藤中佐が言うと、未沙にしては少し考えて反応が遅れる。加藤中佐が 「どうだね」 と重ねて確認してくる。その問いに未沙は上官に対して失礼な対応をしていることに気付き、反射的に近くにいた香奈に 「真島さん、Mの刺繍が入ったハンカチを無くしていない」 と確認するが当然のように香奈は 「無くしていません」 と回答する。それを聞いた加藤中佐が 「真島君に確認したということは君の物でもないということだね、早瀬中尉」 と答えると、未沙は返答に困り黙ってしまう。すると加藤中佐が 「そういえば質問に一部だけだが答えよう。エレベータに同乗していた男が君たちに何かしていないか、何か関係性があるのかを確認させてもらっていた。結果、何も関係性が無いことが確認されたので安心してくれ。まあ男が『女神様からもらった』と言ってハンカチを離さないから、何か精神がおかしいようだ」 と説明する。続けて加藤中佐が 「早瀬中尉、食事を作るようだが」 と噂からは想像できないようなプライベートについて聞いてくる。近くにいて軍人になりきっていない香奈がその言葉を聞きつけて 「そうなんですよ、早瀬中尉が食事会に参加してくれないんですよ」 と割り込むと、それに続いてこずえが 「三池さんへなら食事作りたいって大勢立候補すると思うんですけどね」 と言うと女性陣が止まらずに会話を始める。こずえの発言にヴァネッサが 「こずえちゃんも香奈ちゃんも立候補するの」 と言うと、キムが 「無理無理、早瀬中尉が相手よ。それよりも旨く作れるの」 と言い、恭子が 「任務の範囲外で男に媚びているとしか思えないけど」 と強く言い切る。それを受けてシャミーが 「早瀬中尉」 と悲鳴のような声を出す。一連の会話に加藤中佐に 「こちらの無駄話で勤務中に会話が広がってしまったようだな。すまなかった。あの男には君らに逆恨みなどすることのないよう厳しく申しつけておく。では」 と言って通信を切る。普段とは異なる加藤中佐の対応にクローディアが 「加藤中佐がプライベートな話をするなんて珍しいこと」 と呟く。 これにより町崎への追求が厳しくなったのは町崎にとっての更なる不幸で、最後の不幸は女神様が男に料理を作っていることだったかもしれない。 いつになく豪華な未沙の手料理が並ぶ食卓で三池が 「あれ豪華じゃない」 「いつも忙しくしている人の栄養が偏らないようにするのも仕事なので」 「それって連絡役の仕事ですか。そもそも忙しい人にそんなこと言われても」 「貴方ほどじゃないです」 その未沙の言葉を聞こえないふりをした三池が 「香奈ちゃんにご飯誘われなかったの」 「誘われたんだけど先に食材の手配をしていたので。でもなんで」 「食材だけ送ってくれれば保存したのに。香奈ちゃんたちが先輩たちとご飯に行きたいと言ってから誘ってみればと言ったのだけど。断るとはねえ」 「誘われてクローディアたちは喜んで行ったわ」 そこでは憲兵絡みの話が前菜で、未沙の手料理を一緒に食べる相手とのことがメインディッシュとして盛り上がっていることだろう。 少し間があってから未沙が言いにくそうに 「もらったハンカチですが、無くしました。ごめんなさい」 エレベーターでハンカチに気付き何でと困っているうちに反射的に怒ってしまい、また憲兵隊から取り戻すにも説明できず諦めたようです。 「それでか」 と三池が豪華な料理を指し示す。 「気にしなくてもいいのに」 「泣いている子供に渡してしまったの、ごめんなさい」 と言ったときの表情が、明らかに嘘を言い困惑をしていることからくる艶めかしさがあり、仕事中には決して見せない申し訳ないという部分からくる慈愛という異なる要素を含んだなんともいえない美しいものだった。テーブルに料理がなければというか、二人で並んでいるシチュエーションだったら、理性の人である三池でも未沙を抱き寄せていたことだろう。 時間を少し遡る。三池が 「加藤中佐、ダミーのビデオ監視システムに侵入しようとした犯人を特定しました。町崎健一です。証拠を送ります」 「すぐに確保する。情報提供感謝する」 「場所は第四基幹エレベーター。み、早瀬中尉と真島さんも一緒です」 その言葉を聞いて口元をわずかに緩める加藤中佐。取り調べ中も無表情な男が見せた表情に、センターブロックの支配者である三池が死刑執行人に何か弱みを握られたと思ったことだろう。 「それこそ柿崎君達と一緒にステーキでなくて良かったの」 と未沙が言うと、三池は怪訝そうな表情をする。それを見ながら 「何もないのに柿崎君にステーキを奢るなんて」 というが 「まあいいじゃないの珍しいことがあっても。本人も知らないうち仕事というか役立っているのかもしれないし。まあ肉肉とうるさく言ってたのが一番なんだけど」 と三池が曖昧に答える。三池としても柿崎がエレベータにいたことは少しばかりの安心感となり、感謝の気持ちが肉ということになったようだ。そんなことを知らない未沙は不思議そうに 「珍しいといえば加藤中佐があういう場にいるって珍しいようだけど」 「何かあったの」 と三池が尋ねる。 「良く分からないの、私たちへは状況の確認と繰り返すだけで。加藤中佐の噂は良く聞くけど、こういう形とはいえ話したのが初めてだったの。で噂と今日の印象があまりにも違って」 「優等生だねえ。加藤中佐ねえ、協力を依頼されることあるし、こちらからもお願いすることもあるから何度か会ってるけど」 「じゃあエレベータで何があったの」 娯楽の少ないマクロス艦内ではいろいろな催し物を開催している。実質的な運営はすべて三池和史というのは周知の事実であった。不満が高まっていないか暴動にならないかを確認するため憲兵も参加していた。 ある日の催し物は高齢者向けに落語会を開催していて、名人の高座を収録した映像を流し、トリは生でということで三池が披露する。場内は盛り上がり明るく客が退場していく。高齢者だけで参加者が多くないためか憲兵からは士官1名のみの参加であった。普段であれば憲兵は客の退場後に部隊へ戻り撤収には参加しないのだが憲兵士官は何も言わずに撤収作業に協力する。異様な状況に撤収完了後、全てのスタッフが急いで退出する。二人だけとなったときに三池が声をかける。 「加藤中佐、何か質問があるのではないですか」 「そういうことではないです」 「はっきりと言ってください、映像上映の件ですよね。緊急避難を拡大解釈しているのではないかと。まずは中止にしないで頂いて感謝します。で許認可DBを確認して頂けないでしょうか」 と言って検索して欲しい番号を三池が伝える。加藤中佐は嫌そうに検索をするが、該当した内容に驚いて声に出す。 「三池和史に以下の作品について収益を得ない条件での利用を許可する」 「子供の頃に世話になっていた人がとても顔が広い人で名人とか呼ぶんですよ。披露された後に『今収録したのでこの子が使ってもいい』と確認するんですよ。向こうも呼ばれてますからね『他にもどうぞ』と他にも利用権をいろいろと貰って。後でトラブルにならないように正式に登録しておけということで」 「では他にもあるんですか」 「はい、データとして持ち歩いていましたのでかなりの数がありますよ」 「目があまり良くない妻も落語が好きでして。この会に参加したがったのですが迷惑かけるのもと言っておりまして。私が憲兵隊長ということで遠慮もあるのでしょう」 「そうでしたすか。であれば会の音声を流しましょうか。落語なら目の不十分な方でも楽しめますし、実際に来られない方でも少しは楽しんでもらえるかも知れませんし。マクロス内ではどうしても娯楽が少ないですからね。楽しめることならなんでもしないと。音声だけのもありますからそちらも定期的に流すようにしますよ」 と放送システムも管理している三池が言うと、加藤中佐は深々と頭を下げて 「ありがとうございます」 と丁寧に礼を言う。 「好きでやっているだけですから。しかしこういう形で子供の頃のことが役に立つとは。音声で流すなら、私の下手な生落語をしない方がいいな」 「どうしてですか」 「人前で話す練習ということで落語を披露していたんです。その手本にということで名人芸を見ていたんですよ」 「どうりで上手いわけだ」 「本格的に修行していませんから真似事が出来るぐらいですよ」 と三池が苦笑する。 「私が知る限り真打級でしたよ」 「過分な評価ありがとうございます。そういえば”妻も”とのことでしたが」 「妻とは落語が縁で知り合いました」 「そうですか」 「面白みのない男と何故一緒になろうと思ったのか分かりませんが」 「面白みがないって。一度落語会で披露して確認してみては」 「はい」 「やはり生の落語の方が盛り上がりますので。そうだ奥様は落語に詳しいのでしょう。まずは奥様を相手に練習してみては。プライベートでそちらに伺うのもいろいろあるでしょうから、通信で確認しますので。前座をお願いします。駄目ですか」 と三池が加藤中佐を説得しようと試みる。 いつものように師匠によるモニター越しの指導が終わり、師匠が実際に会った名人の四方山話をして笑いながら通信が終わる。 「とても忙しくされている方なのでしょう」 「ああ」 「それなのにいろいろ面倒みて頂いて。協力出来ることがあれば協力しないと」 「分かってる」 「良い方との縁に恵まれるといいのですけど軍の中にいいお嬢さんはいませんか」 「噂となっている相手はいるんだが」 「どんな方ですの」 「厳しいが優秀で美人と評判のお嬢さんだが、これまでにきちんと話したことがなくてな」 「一度話してみてください。師匠のお相手かもしれないのでしょ」 「さあね。それに知っていても機密だよ、答えられると思う。それよりもせっかく未沙がいつもより手間暇をかけて、美味しそうな料理を並べてくれたんだから食べるのを楽しまない。未沙は結婚しても仕事の話をしながら食事をするの」 と言って自然に出た最後の言葉に珍しく少し照れる三池、そしてその言葉を聞いた未沙は顔を赤くする。
番外 #03 町崎健一の不幸と柿崎速雄の幸せ 後書き Side Storyに戻る